HOMEレポート髙木真介の新スペイン便り > 8. デュオ・マルティネス・タカギ、アルジェリア演奏旅行(後編)、他(2009.5.22)
髙木真介の新スペイン便り
8. デュオ・マルティネス・タカギ、アルジェリア演奏旅行(後編)、他(2009.5.22)

 若葉のまばゆい5月。皆様いかがお過ごしですか? マドリードは一気に夏のような陽気になりました。さて、ずいぶん久しぶりのスペイン便りですが、今回は5、6月にマドリードで行われるギター・フェスティバルに関してお届けします。


 マドリード・ギター・フェスティバル

8-11

8-21

8-31


5月15日から6月21日まで、マドリード市内で開かれる合計16のコンサートがこのフェスティバルに含まれています。「ギター・フェスティバル」ということですが、クラシック・ギターだけに限ったものではありません。むしろ、ポピュラー系の出演者の方が圧倒的に多いです。いくつかピックアップしてみましょう。

クラシックは2つのコンサートしかありませんが、出演者は、マヌエル・バルエコ(6月6日)と、デビッド・ラッセル(6月11日)です。この二つのコンサートは、AUDITORIO NACIONAL(国立音楽堂)で開かれます。この二人のマエストロに関しては、クラシック・ギター愛好家の読者の皆様には今更紹介する必要はないでしょう。

 フラメンコ・ギターのディエゴ・デル・モラオは、6月18日TEATRO LARA(ラーラ劇場)に出演。ヘレス出身のまだ若いギターリストで、最近評判をめきめき上げています。

6月20日TEATRO LARAで演奏するベニート・カブレラは、TIMPLE(ティンプレ)と呼ばれるカナリア諸島の民族楽器の名奏者です。ティンプレは、まだあまり知られていない楽器ですが、カナリア諸島に古くから伝わる5本の弦を持つ撥弦楽器で小型ギター、もしくは5本弦を張ったウクレレみたいな感じの楽器です。4弦の小ぶりなルネサンス・ギターから発展したものとみられているようです。ベネズエラを中心に中南米で盛んなクアトロ(こちらは4弦)の祖先だとも推測されています。音域は普通のギターに比べてかなり高めです。とても美しい音色を持つ楽器です。ベニート・カブレラはこのティンプレを巧みに操り、カナリア諸島の民族音楽をはじめ、さまざまなジャンルの音楽の幅広いレパートリーを持ち、スペインではよく知られているミュージシャンです。

8-41

8-5


ロック、フージョン系では、5月20日ゲイリー・ムアー(会場:PALACIO DE LOS DEPORTES~スポーツ・パレス)、6月18日ヤン・アッカーマン(会場:TEATRO LARA~ラーラ劇場)などを挙げておきましょう。

 そして、このフェスティバルの超目玉、7月18日ブラジルからボサノバの大御所、ジョアン・ジルベルトが登場します。会場は、PALACIO DE LOS CONGRESOS(コングレス・パレス)です。アントニオ・カルロス・ジョビンとともに、1950年代後半、ボサノバという新しいジャンルを創成させた功労者です。シンガーとしてももちろんそうですが、独特なコード・ワークやリズムを持つギターリストとしても大変素晴らしいミュージシャンだと思います。1931年生まれということですから、78歳の高齢。現役を続けているということには本当に頭が下がる思いです。ジルベルトのコンサートは、当初6月半ばを予定されていたのですが、何らかの事情で日程が変更になったようです。フェスティバル開催期間からこのコンサートだけ飛び出てしまったようです。

8-6

 (JOAO GILBERTO)

このフェスティバルに関しての詳細は下記のホームページにアクセスしてご覧ください。スペイン語のみですが、”PROGRAMACION”の文字をクリックすると、すべてのコンサートの日程と出演者の名前を見ることができます。さらに出演者の名前をクリックすると、プロフィールが紹介されており、各自のホームページや、YOUTUBEにもリンクされており、それぞれのビデオを見ることもできます。特にベニート・カブレラのTIMPLEの演奏はぜひご覧ください。どんな楽器でどんな音がするかを垣間見ることができます。 >>http://guitarramadrid.net/


次の話題は、前回に続きアルジェリア演奏旅行記の後半をお送りします。もうかなり前のことなので、この旅行記の前半がどんなものか記憶にない方も多いでしょう。これを読む前に、「新スペイン便り、その7」をお読みになられることをお勧めします。


デュオ・マルティネス・タカギ、アルジェリア演奏旅行(後半)

8-7

(高台から望むアルジェの港と町)

早朝オラン空港に到着、まず空港ロビーに入るために厳重なチェックがあった。荷物とボディ・チェック。そしてカウンターでチェック・イン。その後、フライトや個人の情報など必要事項を用紙に記入。ゲートの前でこの用紙を渡し、ボーディング・パスやパスポートなどのチェックを受ける。次に手荷物のチェックがあり、航空会社のカウンター係の人にボーディング・パスを渡す。係員が半券をくれるので、それを持って別の係員に提示。これでやっとゲートを通過したことになる。

まだうす暗い外に出るとバスが待っていて、そのバスでこれから乗る飛行機の前まで護送される(これだけ警戒が厳重だと自分がなんだか犯罪者になったような気がする)。バスを降りると、飛行機の近くに多くのスーツケースなどが並べられていて、何人かの警官が指図をしている。チェック・イン時に預けた荷物を自分で確認し、それを持って係員に手渡し、そこで飛行機の荷物室に詰め込んでもらう。ここでやっと飛行機に乗り込むのだが、そのタラップの前にも警官が二人ほど、機内持ち込みの手荷物をチェックしている。私はギターを持っていたのだが、ケースが誤って開いてしまわないようにロックをかけてあった。いちいち鍵を出してロックをはずし、ケースの中を見せる。これでやっとタラップを上る許可が下りた。実は、これだけの検査があることは前もって同行のドミンゴ氏に聞いていたので、我々はあまり戸惑うことなく通過できたけど、もし何も知らなかったらかなり当惑したと思う。しかし、これだけのことが実にスムーズに行われていたのには驚いた。みんな慣れているのだろう。

首都アルジェまでは45分ほどのフライトだったが、搭乗手続きの頻雑さに比べると、あっけない移動だ。海岸線に沿って西に飛び、首都アルジェに着いた。空港では、ドミンゴ氏のお抱え運転手のソフィアンが待っていた。車に荷物を積み込んで、ドアーを閉めようとしたがやたら重い。ソフィアンが外から閉めてくれた。ドミンゴ氏いわく、「ドアーが重いだろ。実はこの車、防弾装備されている。ここでは当たり前のことだけどね。」なるほど、重いドアーもそうだが、よく見るとガラスもものすごく分厚い。う~ン、やっぱり物騒なところだなー、と改めて思う。

首都アルジェは大きな都市だ。空港から市内に向かう道路ではものすごい渋滞に巻き込まれた。それほど距離はないがホテルに着くまで1時間はかかった。毎朝のことらしいが、早起きして飛行機に乗ってきたので、さすがにこの渋滞にはうんざりした。我々の泊まる、市内の山手側にあるホテルは5つ星で、由緒ある建物らしい。周りを樹木で囲まれ、道路からは建物が見えない。敷地内に入るところにバリケードがあり、ガードマンが何人もいる。運転手のソフィアンは車のボンネットとトランクルームを開けてチェックを受ける。別のガードマンが外から車内の我々をじろっと睨んだが、目が合うと強面にすぐ愛想笑いを浮かべた。ホテルの車付けまで進み、荷物を下ろしチェック・イン。とても立派なホテルだ。部屋は広いしベッドも大きい。カーテンを開けると公園のような庭園が下に広がっている。向こうのほうには僅かに海も見える。なかなかいいホテルだ。

荷物を置いて一息ついた後、アルジェ市内にあるセルバンテス協会のセンターに行くことになった。市内ではまたもや渋滞だ。うんざりした。それにしても信号らしい信号がない。みんな譲り合って、というより勝手に割り込みあって少しずつ進んでいく。ここで運転するのはかなりむずかしそうだ。正直言ってホテルで休んでいるほうがいいのにと思った。センターの入り口の警備もなかなか厳重だ。とてもきれいな建物で、学生たち大勢中庭にたむろっていた。受付のホールには今夜の我々のコンサートの大きな写真入ポスターが貼ってあった。受付のお兄さんが我々の顔を見ると、「お待ちしていました。」と大変愛想良く迎えてくれた。この人は毎日このポスターと向かい合って仕事しているのだから、いやでも我々の顔を覚えてしまったのだろう、それで実際に我々を見ると以前から知っているような親近感を感じたのだと思う。

既にドミンゴ氏は、自分のオフィスで仕事をしていた。そこで今回のツアーの契約書の調印など事務的なことをした後、センター近くのレストランで昼食をとった。レストランというより食堂みたいなものだったが、周りはオフィス街らしく、かなり混んでいた。入り口に元サッカー選手ジダンの大きな写真がはってあった。ジダンは現役中フランス代表として活躍したが、両親はアルジェリア出身でフランスへ移民した。アルジェリア人にとっては、ジダンは英雄なのだろう。セットメニューを食べたが、なかなか美味しいチキン・ソテーだった。

昼食後、ドミンゴ氏と別れ、ソフィアンが車で簡単に市内を案内してくれた。正直言ってあまり美しい町とはいえない。活気はあるようだが、手入れが行き届いていないし、観光には力を入れていないためか、観光客らしい姿は見えないし、お土産を売っている店なども見当たらない。大きな港がある。集合住宅の屋根やバルコニーなどいたるところに、テレビのパラボラ・アンテナが所狭し立っている。一家に一台どころではなく、多分3台も4台ものパラボラ・アンテナを使っているようだ。まるで大きなきのこが密集しているようだ。小高い丘の上に立つ戦没者の慰霊塔のモニュメントは、大変立派なものだった。日本人が設計したという。この近くから下を眺めると海や港、そして市街地が一望できる。かなり大都市だ。ソフィアンによると人口は8百万人ほどだというが、多分郊外も含めての数字だろう。

8-8

8-9

上(慰霊塔のモニュメント) 下(キノコの山のように乱立するパラボナ・アンテナ)

 この後我々はいったんホテルに引き上げ少し休憩した。今夜のコンサートの会場である、国営ラジオ局ホールは、ホテルのすぐ近くだった。ホールの作りはかなり変則で、階段式の客席からかなり低い位置にステージがある。音響はデッドで、全然響かない。まあたぶんラジオでの放送用のことを考えての設計なのだろう。仕方なくPAを使うことになった。本番での演奏はそれなりにうまくいったと思うし、お客さんの反応も悪くなかったのだが、どうしても客席との段差のせいで、演奏中お客さんとの距離を感じた。何しろ演奏中正面を見ても壁しか見えないのだ。拍手に答えてお辞儀する時もお客さんが頭上にいるので、いったん見上げなければならない。かなり違和感があった。演奏後アルジェ在中の日本大使館の方々があいさつに来てくれた。ドミンゴ氏が前もって招待しておいてくれたのだった。皆で記念撮影。

8-10

 (在アルジェ日本大使館の方々と一緒に記念撮影)

8-111

(国営放送局ホール)

演奏後の打ち上げに高級フランス・レストランに招待された。この晩は心おきなくビールで乾杯ができ、最高の気分だった。その後おいしい料理とワインを堪能した。翌朝アルジェ空港からマドリード行きの飛行機で無事帰宅した。

以上で今回のスペイン便りは終わりです。また近い機会にお目にかかりましょう。ごきげんよう。

2009年5月17日、マドリード

髙木真介/ Masayuki Takagi


report report