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髙木真介の新スペイン便り
2. 新春特別企画・エッセイ 「右足から」アランフェス協奏曲 / 前編(2006.1.25)

 かなり遅くなりましたが、新年おめでとうございます。
昨年9月に気分を新たに、タイトルに「新」の文字も入れ、再スタートした私の「スペインだより」ですが、なんとその後がぜんぜん続かず、恥ずかしながら長いブランクが空いてしまいました。
今回は新春特別企画ということで、私の書いたエッセイをお送りいたします。これは2004年12月に、アランフェス協奏曲を突然演奏することになったときのことを後日、日記のように書き留めておいたのですが、今回それを少し手直ししたものを皆様に読んでいただこうと思い、恥を忍んで掲載します。今回は、パート1、前編をお送りいたします。

「右足から」~アランフェス協奏曲~ 〔前編〕

 2004年12月5日(日)、この日も含め翌6、7、8日と祭日がらみで4連休だ。「とにかく疲れた体を休めよう、どこかに遊びに行くのも悪くないな、そうそうクリスマスカードも書かなくちゃ・・・」と、連休をどう過ごすか頭にいろんなアイデアが涌いてくる。テレビを眺めながら、妻ととりとめのない話をしていた。そんな夜、電話が鳴る。出てみると、時々演奏会の仕事を世話してくれる音楽事務所のマリだ。「日曜の夜にくつろいでいるところ、仕事の話で申し訳ないけど・・・」と前置きして、「突然だけど、今週の土曜日アランフェス・コンチェルト弾いてくれない?」と言った。「えっ、アランフェスを?今度の土曜日?どこで?本当に突然の話だね。どういうこと?」僕は、やたら?マークだらけの応答をした。

 本当に突然だけど、スペインに住んでいるとこういうことがたまにある。何でも予定されていたブルガリアのオーケストラがドタキャンになり、急遽マラガのオーケストラに助人をお願いしたそうだ。アランフェス協奏曲だけはプログラムの変更ができず、しかもギターのソリストがうまく見つからなくて、僕のところに話が回ってきた。演奏会の会場は、アルメリアの近く、海岸線のリゾート地にあるロケータ・デル・マールの音楽堂だ。ごく最近建設された立派な音楽ホールだそうだ。指揮者は、バルセローナ在住のルーマニア人クリスティアン・フローレアという人で、それまで一緒に仕事をしたことはなかったけれど、ちょっと面識がある人だ。優れたチェリストでもあり、とても精力的に活躍している音楽家だ。彼とならきっとうまく行くだろうと思ったので、準備時間が少ないのが不安だったが、引き受けさせてもらうことにした。アランフェスは、第二楽章だけを演奏することは時々あったけど、全楽章演奏は久しぶりだ。マリからの電話を切った瞬間から、楽譜を棚から引っ張り出して、早速練習を始めたことはいうまでもないだろう。翌日クリスティアンと連絡を取って、ちょっとした打ち合わせをした。12日の金曜日、彼の車で早朝マドリードを発ってマラガまで行き、午後4時から夜10時までリハーサル。翌13日土曜日はマラガから現地に向かい、午後ゲネプロ、その晩10時から演奏会、という予定だ。

 僕は連休を利用して(返上して?)、一生懸命練習した。不安があるところもあったけど、とりあえず約束どおり金曜日、マドリードの朝の渋滞に巻き込まれてちょっと不機嫌そうなクリスティアンに挨拶しながら、楽器と荷物を後部座席に投げ込んで、彼の車に乗り込んだ。なんとか市内から脱出して、高速道路を快適に走れるようになるにつれ、彼の口も軽くなりいろいろな話をするようになった。余談だけど、クリスティアンは母国語のルーマニア語をはじめ、奥方の母国語であるカタルーニャ語、スペイン語、ドイツ語その他合計八ヶ国語を操るという。ヨーロッパには三、四ヶ国語を話す人って結構いるけど、八つというのはそうざらにいないだろう。日本語は残念ながらできないけれど・・・。主に音楽関係の話題が中心だったけど、彼の話はとても面白い。そんな感じで、マラガまでの5時間の旅は割と短く感じられた。

 マラガ市内から外れた、海の見える高台にある公民館がオーケストラの練習所で、なかなか良い環境だ。軽い食事のあと、クリスティアンは「僕はこのオケとは初めてだから、一曲目のモーツァルトで探りを入れてから君を呼ぶから、悪いけどしばらく待っていてくれ」とことわってから、早速リハーサルに入った。その間僕は別室で少し休んだり、指ならしをしたりした。そのうち僕も呼ばれて、アランフェスのリハーサルになったが、はじめのうち僕もちょっと固くなっていたけど、思っていたよりも割とスムーズに行った。正直言ってあまり上手いオーケストラではなかったけど、団員は比較的若く、クリスティアンの出す指示にみな真剣に反応していた。

 翌日ホテルで遅めの朝食を取り、ゆっくり出発した。マラガから東に向けて、海岸線に沿って走っていく。とても良い天気で、海が陽の光を浴びてきらきらと光り、すごくきれいだった。なるべく近くまで行ってから軽い昼食をとろう、ということだったが、途中で突然クリスティアンが、「こんなにきれいな海を眺めながら、何かうまいものが食べたいな。そうだ、魚介類がいいね。久しぶりにロブスターでも食おう。僕がおごるからさ、どうだい?」もちろん異論があるはずがない。「さっき、道端に看板が出ていたパライソ(パラダイス)って言う店がよさそうな予感がする。海産物専門の店のようだし、そこにしよう!」と言いながら、街道から外れて海沿いの細い道に車を向けた。海がすぐ目の前に広がる窓際の席には、12月というのに明るい陽ざしが射し込んでいた。僕はそんな光景に見とれながら、ああやっぱり南のほうはいいな、海があるところはいいな、なんて思っている間に、クリスティアンは厨房にまで入って行って、あれこれ注文してきたようだ。うれしそうに両手をさすり合わせながら、どかっと椅子に腰を下ろし、「おい、うまそうなものがいっぱいあったぞ。もちろんロブスターも。適当に注文してきたよ」と言った。ほどなく待つと、大きな銀盆にあふれんばかりの魚介類の盛り合わせが来た。真ん中に、ちゃんと大きなロブスターも乗っている。「うまいっ!!」二人で舌鼓を打ちながら、新鮮な海の幸を楽しんだ。まさに店の名前のとおり、パラダイスだ。クリスティアン曰く、「僕は食べ物に関して、とても第六感が鋭いよ。この店の看板を見た瞬間、きっとうまいだろうと直感したんだ」その感はピッタシだったし、しかもご馳走までしてくれて本当にありがとう、クリスティアン!

 ロケータ・デル・マールは、リゾート地として発展しつつある町だ。新しい別荘地帯が広がり、そんな一角に音楽堂があった。外から見る限り、とても立派な建物だ。中に入ってみると、もっと驚いた。とても美しいホールだ。客席はゆったりしているし、ステージも広く、全体的にとても落ち着いた雰囲気だ。早速みんな音を出し始めたが、音響もとても良い。「ゲネプロはクールに行くよ」と、クリスティアンは言っていたが、僕にはどういう意味なのか、わからなかった。始まってみてから、びっくり。昨日のテンポよりも、全然速いじゃないですか!僕もそうだけど、オーケストラのメンバーも戸惑いながら演奏していた。クリスティアンは、まったくおかまいなしに先に進んでいく。彼が言っていた「クール」ってこのこと?あっという間に曲が終わった感じ。ちゃんと出せた音は半分ぐらいかな?こんなんじゃ、本番でこけまくっちゃうよ、きっと。僕はとっても不安になった。リハーサルの後、彼に「まさか本番であんなテンポで演奏するつもりじゃないでしょう?絶対不可能だよ!」と僕は抗議したけど、彼はニヤニヤ笑いながら、「心配するなよ、うまく行くよ」と言っただけだ。〔続く〕

 ここまで拙文を読んでくださり、ありがとうございます。この続きは次回のスペインだよりでお届けしますので、どうかお楽しみに。2週間後ぐらいに発行予定です。2006年が皆様にとって、健康に恵まれファンタスティックな年になるようにお祈りしております。今年もどうかよろしくお願いいたします。

髙木真介( Masayuki Takagi )
2006年1月22日、マドリード


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