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ギター製作家アンドレア・タッキ氏 来日レポート
ギター製作家アンドレア・タッキ氏 来日レポート ~田邊 雅啓

去る5月19日、20日の二日間、ギター製作家のアンドレア・タッキさんと会うことができた。新作の納品に日本に来ることになり、アウラにも寄ってくれることになったのだ。

タッキさんといえば、ブーシェ・モデルが名高い。何本か見る機会があったが、作品として非常に充実していて、興味を抱かせる。塗装も流麗、艶やか、ラベルも含めたデザインも良い。もちろん音色は甘く太く深く、ブーシェに真に迫っている。直接会って薫陶を受けたそうだ。

もちろんブーシェだけでなくトーレスをはじめとして音色研究に余念がない。この間見たものは、表板にスプルースとセダーをミックスしたものだ。3枚接ぎで、中央のおおよそ駒部分にスプルース、両サイドにセダーをサンドイッチしてある。

後で聞いたことだが、トーレスの三枚接ぎの作品からヒントを得て、表板輪郭を薄くするトーレスの設計をふまえ、両端にセダーを置いて、松・杉両方の特質を効果的に反映しようというコンセプトだ。結果は的を得ていて、スプルースの音色と粘り、セダーの軽やかさと立ち上がりを合わせもつ魅惑的な作品に仕上がり、アウラでも教授活動をしているギタリストの山崎拓郎さんが所有することとなった。

 

そして何より私が会いたいと思ったのは、彼に真摯なギター愛があることだ。本山さんから見せてもらった彼のユーザーへのサインや手紙、アウラへのクリスマスカードには、より良いギターを作りたいという真っ直ぐな思いが綴られていた。丁寧な製作の仕上げと真っ直ぐなギターへの愛情、それが製作家の柱となると思っている。

 

5月19日正午、彼はアウラに来てくれた。挨拶と握手を交わす。途中電車や駅からの道を間違えたと笑って話す。目の前に立った彼は、思ったより長身で手足が長く、少年のようなクリクリとした目をしていた。

tanabe-Tacchi

早速試奏ルームに移動し、先ずはアウラの展示品を見ていく。

エステソを見て、

「今ちょうど私の工房で修理で預かっているよ」

マヌエル・ラミレスを見て、

「スパニッシュギターコレクションのデザインと似ているね」等など。

今回の来訪にあたり、ユーザーのお客様より預かったタッキさんの楽器を用意する。ケースからは、大切にされ、綺麗に磨かれてあるブーシェ・モデルが出てきた。

慎重に調弦して試奏する。例の甘く太く深い音色が飛び出してきた。楽器という器を感じさせる鳴りの深さが耳に心地よい。

大事に弾かれ音色もこなれてきた楽器を見て、タッキさんもとても嬉しそうだった。

 

今までの総製作本数は200本以上になるそうだ。1977年に初めて製作したと言っていた。

最初に製作したのはラミレス・モデルで弦長も長いもの。

「40年近くなんて信じられない、あっという間だ。時間が過ぎるのが早くて怖いよ。」

折角なので尾野さんのブーシェ・モデルを見せる。尾野さんの作品も、稲垣稔さんのブーシェを何度も繰り返し調整し研究した、「真に」と呼べる代物だ。

タッキさんは暫く、無言のまま試奏し、驚いた様子で、

「素晴らしい。ファンタスティック!」と絶賛していた。

タッキギター

 

それまで、あまり笑わず、落ち着いて応対していたタッキさんだが、

「好きな作曲家や音楽はありますか?」の質問した途端、ニコニコと堰を切ったように話し始める。

急に早い英語になって全て理解できなかったが、要するに

「どれもこれも素晴らしく一つには決められない。それぞれの性格があり、それぞれの良さがある。製作も一緒だ。自分もブーシェやトーレスをはじめ自分のインスピレーションより飽くなき研究を重ねている。引退までにはこれぞというものを作りたいものだ」というようなことだった。

 

その後ほっと一息、皆で昼食に行く。

タッキさんは親日家で日本食も大好きとのこと。お茶が出されれば

「イズ ディス センチャ?」

結構知っている。(笑)

シンプルな日本料理が良いとのことで和食膳を頼んだが、刺身や天婦羅はもちろんだが、ハマグリと野菜の昆布出汁鍋に、椎茸の茶わん蒸し、アオサと麩(麩)の味噌汁など、出し汁系をとても気に入っていた。

器や盛り付けにもことあるごとに感動していて、料理が出るたびに「ファンタスティック!」とスマートフォンで撮影していた。ブログなどに載せるとか。(笑)

すでに日本にも何回も来ていて、「たばこと塩の博物館」でのブーシェ展やギター文化館にも訪れたそう。製作家の松村さんには日本でもパリでも会っていて訃報を嘆いていた。

 

思えばブーシェにゆかりのある人間関係もなんと多いことだろう。名工には必ずそれなりの人間関係とその人たちの生き様が色濃く残っている。すべてはつながっているのだ。

 

アウラに戻り、プレミアムオーダーメイドの材を取り、材料についても語り合う。

「ブラジリアンローズは持っているか?」

「これはどこから仕入れた?いくらぐらいだ?」

「それはアマゾンローズか?私のやつとは少し違うな。匂いも」

「サンプルとしてほんの少し分けてくれ」

材料ももちろん大好きのようだ。

タッキ2

ところでタッキさんはハカランダの判別法として、猫が爪とぎするようにカリカリ爪を立てて音を聞いていた。そして鼻をくっつけて匂いを嗅いでいた。

いろいろな物差しで判断するのだなあ、と面白かった。

ロマニリョスは顕微鏡みたいなルーペで木口を見ていたし、アルカンヘルは板をノックする際の木を保持する所を指定していたし、レジェスは板をデコピンしてゴルペした音を聞いていた。

人それぞれ感覚は違う。感覚が違えば判断も違うし判別方法も違う。大事なのは自分が見つけた判別方法で自分の判断を重ねていくことという気がする。ゆっくりでも自分の足で頂上を目指して上ることに実感がある。そこが楽しみなのだ。

 

じゃあそろそろと、駅までタッキさんを送っていこうとしたら、アウラと駅との間にある、

指物師の工房の前で足が止まった。

「ここは何だ?」

「日本の伝統的な家具職人みたいなものだ。小物から家具までいろいろ製作する」

ちょうどドアが開いていて見てもいいかとお伺いしたら気さくに応対してくれた。

木村正さんという業界では知る人ぞ知る名工だった。何代も続く江戸前指物師の直系で、

文化庁の依頼でドイツをはじめヨーロッパに何度も出展に行っているとのこと。タッキさんの母国イタリアにも奥様と行ったことがあり、「青の洞窟」が思い出深いそうだ。今日も修学旅行生が箸作り体験で貴重な桑の木を半加工して待っているところだったそう。外人も観光がてら訪ねてくるそうだ。

ずいぶんアウラに通っているがそんな方だったとは!

木材好き、木工好きのタッキさんは僕を通して質問攻め。桑をはじめとする木材の種類、指物の作品、漆のこと、塗装する室のこと、超仕上げの機械や鉋までいろいろ見せてくれた。タッキさんは写真を撮りまくり。中でも恥ずかしながら自分も知らなかったが、桑という材料は非常に貴重で、切断してすぐは薄黄色だが、日焼けでなく経年変化で飴色の赤茶に色が変化していく。

琵琶などに使われることは知っていたが、着色や塗装、または日焼けかと思っていた。

木材に因っては息を呑むような杢が現われ、見る角度を変えると杢が輝くように変化する。

タッキさんも気に入って、

「お金を払うから、後で良いのを選んで送って欲しい」とのこと。すでにギターの象嵌などイメージしているようである。

1時間以上もいただろうか、江戸前の職人さんとイタリアのギター製作家が作品や製作を通して繋がってとても嬉しかったし、双方とても楽しそうだった。

木村さんも「いつかまたイタリアいくよ~!」

タッキさんも「メイコウキムラサン、アリガトウゴザイマシタ!」

 

明日は一緒にペペ・ロメロの演奏を聞きに行く。楽しみである。

いつまで経っても帰ってこないので、アウラからはどこまで送って行ったのかと心配した着信が入っていた。(笑)

 

5月20日午後5時。

タッキさんと社長と3人でペペ・ロメロのコンサートに行くことになった。

僕はトーレスの音色も彼の演奏も聞きたかったので、前から予約していたが、

タッキさんもとても興味があるとのこと、三人で行くことになった。

 

コンサートに行く前に例の3ピースの楽器を使用しているギタリストの山崎拓郎さんがタッキさんに会いに来た。タッキさんはコンサートの礼装の出で立ちで、小粋なパープルのシャツにスーツを着込み、お洒落な色淵の眼鏡で格好良い。アウラに来る途中、木村さんの所に寄ったら残念ながら不在だったとのこと。(笑)

タッキ山崎

優しく気遣いのあるタッキさんは山崎さんにお土産を持ってきていた。なんと僕にもフィレンツェのロゴ入りエプロン、アウラには自分で撮った工房の写真に自分で製作した額を、自分のイニシャルの焼き印を入れてプレゼント。とても素敵だ。センスが光る。

 

お礼にフリーズドライの無添加減塩味噌汁と、無添加カツオだし昆布だしを山ほどプレゼント。しばらくは日本食が楽しめるだろう。(笑)

 

 

 

三人で四方山話をしながら電車でトッパンホールへ。

タッキさんのブーシェの話や、自分もロマニリョスの講習やスペインの工房の話、など。

ペペの演奏は昔聞いたことがあるそうだがフェスティバルの一環でこうしてコンサートに出掛けるのは初めてだそう。

コンサートは周知のとおり、素晴らしかった。聞いておいて本当に良かったと思う。

トーレスの音もさすがだった。弾けば弾くほど反応してくるといった具合だ。

父の形見で父が弾いていたそのままにしておいたそうだが、今回使用するべく形見の弦を変えて、コンサートに臨んだとのこと。

アンコールの拍手は鳴り止まず、何度も何度も応えてくれた。

 

タッキさんも同様で半ば興奮気味だった。

 

少しペペ・ロメロと話したかったようだが、サインの列があまりにも長く、諦めた。

SNSかメールかで今日の感想をなんとか彼に伝えるそうだ。

 

こうして短い間ではあったが、タッキさんとの思い出が心に残った。

これをまた一つの礎として製作に励んでいこうと思う。

はるか遠いイタリア・フィレンツェで同じ仕事をしているタッキさんのことを思いながら。

世の中にあるものはすべて、良いものとあまりそうでないものとに分かれるというが、

タッキさんのギターは間違いなく良いものである。

そして僕も良いものをつくれるよう精進したい。

 

そうこうしているうちにタッキさんからメールが入る。

全く便利な世の中だ。

 

Dear Aura staff all,

after a week, the Japan’s nostalgia start to be strong. So today I cooked the stuff you kindly gave to me.

I add some fresh vegetable, a little miso and soy sauce and tofu .

The final result was extremely good and very similar to some Japanese noodles soup I had there, but sincerely I must admit, that the Tokyo atmosphere was totally missing, other stuff is to have the soup in some true restaurant perhaps in Tsukiji…this is a good motivation to come back there, in Tokyo is another story!


But the soup was good, THANK YOU!
ANDREA

 

 

 

また会いましょうタッキさん!

チャオ!


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