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ギターの内緒話

ギターの調弦は思ったより複雑で、色々な問題を抱えています。不良弦でなく、サドルの位置も含め、フレッチングが正しいとしても、弦の押さえ方で音程が違ってきます。
また、1F(フレット)からハイポジションに行くにしたがって、弦高が高くなり、弦をフレットに押さえつけるまでの距離が違って来ます。
これは弦を引っ張っているのと同じで、弦高が高くなるほど、音程は上がります。
ナットやフレットの高さなど、他にも音程に関して問題になるところがありますが、いずれにしても、フレッチングで求めた弦長から、計算どおりの音程を得るのは厳密には無理があると思います。
『ギターのはなし』の中でも説明したように、もともとギターの音は、多少上がったり、下がったりして音程にむらがあり、倍音は上がり気味、サスティーンもうわずるように思われます。
これはサスティーンの長い楽器の方が分かりやすいです。調弦がうまく出来ない原因の多くは、不正確なフレッチングにありますが、稀にいつまで調弦しても合った気がしないほど音程が不安定な楽器もあります。

 調弦をするためには、2つの音高を同じにすることが基本になります。
同じになったか確認するにはうなりを利用します。うなりは周波数の近い2つの音が干渉して起こる、音量の強弱の事で、周波数が近づけば、うなりの周期は長くなり、同じになればなくなります。
反対に周波数の差が大きくなれば、周期が短くなり、大きすぎると、2つの別の音として聞こえます。
また、一つの音を出してもうなる時があります。それは弾いた音に共鳴して他の弦が鳴ってくる場合です。
ためしに、静かな所で、チューナーを利用して正確に調弦したギターで、5弦を消音して、1弦の開放弦を弾いて、サスティーンを注意深く聞いてみてください。
聞こえてくるのは、弾いたミの音と、6弦の共鳴音ですが、うなりのない、ひとつの音として聞こえてくるはずです。1弦を僅かに緩めて同じように弾くと、うなりが聞こえます。
1弦の音を上げたり、下げたりして、うなりがなくなれば音高が同じになったことになります。
共鳴音が聞き取りにくいときは、先に6弦の5FのHar(ハーモニックス)を鳴らしてから1弦を弾きます。
調弦ではうなりを聞くことが重要です。

正確に調弦したギターで、今度は1弦の4Fのソ#を弾いてサスティーンを聞いてください。
うなりが聞こえてくるはずです。これは6弦の5倍音(4Fのハーモニクス)が共鳴で鳴り出し、その音が14セント低いため、うなるのです。
1セントは12平均律の半音を1/100にした単位で、半音が100セント、全音が200セント、1オクターブが1200セントになります。ギターのフレッチングは平均律に基づいていますが、共鳴で鳴り出した音は、その弦が持っている倍音で、純正調(純正律)の音程です。
純正調の音程は基音の周波数から、3/2、4/3などの、整数の比率で求めた音律で、1オクターブ(2/1)で周波数が2倍になります。同じ1オクターブを均等な比率で12に分割したのが12平均律です。
共鳴音は音高が近ければ鳴り出します。

 呼び出す音は平均律の音程でも、共鳴音はその共鳴弦の倍音です。
3倍音、5倍音などの自然倍音は純正ですから、平均律の音程と少しずれて、うなりが出てくる事があります。
7倍音も平均律より低い音程ですが、音程の差が広いためほとんど気になりません。
また、呼び出す音が持っている倍音列も同じで、純正調の音程を含んでいます。

 純正調の音程を聞くために、6弦の開放弦の音を、周波数1のドと仮定します。
2倍音(12Fのハーモニクス)は周波数が2倍で、1オクターブ上のドになります。
同様に3倍音(7Fのハーモニクス)、4倍音(5Fのハーモニクス)は周波数が3、4となってきます。
純正調の主要3和音のド、ミ、ソの周波数比は4:5:6ですが、4倍音が2オクターブ上のドで、5倍音がミ、6倍音がソになります。ですからハーモニックスで、5F、4F、3Fと弾くと、純正調のド、ミ、ソの音がきけます。
3オクターブ上のドも8倍音で聞く事が出来ます。これで1本の弦の中から純正調の音階の一部が聞けましたが、今度は和音を聞きます。先程うなりを聞いた1弦の4Fの音を、6弦の5倍音の音まで下げて、うなりが消えるように調弦します。
次に2弦の開放の音を聞いてうなりがあれば6弦の3倍音の音に合わせます。
次に4弦の2Fの音を弾いてうなりがあれば6弦の2倍音に合わせますが、うなりが取り切れない場合は5弦の3倍音を疑って下さい。
何れにしても6弦の音程は触りません。うなりが取れたら6弦の倍音で調弦した3つの音をだして和音を聞いてみて下さい。
とても綺麗に響き合っているのが分かります。試しにタルレガ作曲のラグリマの出だしを弾いてみると、平均律との違いが良く分かります。

 うなりを聞く感じがつかめたら、3弦の1Fと6弦を調弦してみて下さい。
1弦の開放弦を6弦に合わせ、4弦の2F、3弦の1F、2弦、1弦と弾くと、ド、ミ、ソ、ドの関係も聞けます。
純正調の協和音が綺麗に聞こえるのは、同じ音高の倍音や、隣り合う倍音の中間の音高で重なる倍音などがいくつもあるためで、多い程、協和性が高くなります。もっとも多いのがオクターブの関係で、低い音の基音以外はすべて同じになります。
この振動数が2倍になる周波数幅をどのように割り振るかによって、色々な音階が作れます。インドには22に分割した音階があるそうです。

 今の日本では平均律が普通ですが、これは現代の西洋音楽の体系で、その始まりはピタゴラス音律です。
これは基本となる音高の純正五度(ド~ソ)の音程を求め、その音から再び純正五度の音程を求める作業を、繰り返して作られた音程です。
純正五度は、開放弦と7Fのハーモニクスの3倍音の関係でもあります(オクターブ+五度)。
ギターの調弦の時、5Fと7Fのハーモニクスだけを使って調弦した開放弦は、ピタゴラス音律の音程になります。
6弦、5弦の開放を鳴らして完全四度で調弦するのも、6弦の4倍音と5弦の3倍音を聞いている訳ですから同じになります。

 ピタゴラス音律の欠点としては、純正五度を作る作業を12回繰り返して、元の音に戻ってきたとき、24セント高くなってしまう事や、三度の音程が協和しない点があります。たとえば、開放弦をピタゴラス音律で合わせた2弦と3弦の開放弦の音は長三度(ド~ミ)の関係ですが、振動数の比が81/64(408セント)になり、音が濁ります。
純正調の完全長三度の比は5/4(386セント)ですから22セントも差がでます。

 中世までの教会音楽や世俗歌曲などで使われていたピタゴラス音律では、3度が不協和音程として扱われていました。
音楽が複雑になり、より和声的になるにしたがって、純正3度が使われるようになります。
ピタゴラス音律の22セントの差をどのように少なくしていくかという問題の、ひとつの答えであった純正調ですが、3度や5度の音程はよくなったものの、レから始めた五度(レ~ラ)の音程が協和しなくなります。
これは全音に、大全音(9/8)と、小全音(10/9)という2種類が出来てしまった事によります。
これで移調や転調をすると、音階が違ったものになります。これらの問題を解決するためには、協和の音程を変えて、不協和の音程のところへ分配します。
この分配のしかたは数多くありますが、2、3、4、5、などの数の少ない整数比で求めた音程を、許容範囲の中でずらしていかなければなりません。

 16世紀あたりにうまれた純正調は、分配のしかたによって、中全音律や、不等分律など多種多様な調律法に変わっていきます。3度や5度などをなるべく純正に近くしながら、できるだけ多くの調性に対応しようとしたわけです。
バッハの『平均律クラヴィーア曲集』は当時のドイツで考えられた不等分律のひとつで弾かれ、12平均律で調律したわけではありません。12平均律は19世紀中頃に入ってから、ピアノの普及と共に、ピアノの調律法として世界に広まっていきます。
すべての半音が均一になった音階は、すべての調性で同じになり、12音技法などの新しい作曲法を生み出しました。
しかし12平均律はオクターブ以外のすべての音程で完全に協和するものがありません。
純正調と比べ、5度の音程は2セント下がるだけですが、ミの音は14セントも高くなり長三度はかなり濁ります。
これはピタゴラス音律が抱えていた問題が、再び生まれたことになります。音程を求める振動数の比率が整数から無理数に変わっただけで、かなり似ています。
調律の違いによって同じ曲でも印象が違ってきます。和音が多い曲の場合、純正調の響きは綺麗ですが、それ故、物足りなく感じる事もあります。
どの調律がいいのかは、聞く人の音楽経験の差でも違ってきます。調律の歴史や仕組みは複雑で、難しく、数学や哲学も関係し、とても奥が深い世界です。

 ギターの調弦の場合、フレッチングが正しければ、フレットを押さえた実音を使って調弦するほうが正確です。ハーモニクスは二つの音を鳴らしながら調弦出来るため、よく使われますが注意が必要です。
開放弦にとって、7Fのハーモニクスは、オクターブ上の5度で、平均律より2セント高くなります。
たとえば、7Fのハーモニクスを利用して、5弦から調弦をする場合、6弦の5Fのハーモニクスと合わせ、うなりがないと思える状態から、6弦をわずかに下げます。
1弦も同様です。5弦の5Fのハーモニクスと4弦の7Fのハーモニクスを合わせる時は、うなりのない状態から、4弦をわずかに上げます。3弦を同じようにして調弦し、6弦の7Fのハーモニクスと2弦を合わせ、2弦を少し下げます。
これで2弦の開放と3弦の4Fや、いくつかのオクターブが合えば、調弦出来たことになります。
いくつかのオクターブで調弦を確認している時や、演奏中に共鳴して出てくる4F、7Fのハーモニクスの音はうなっていて当然なのです。7Fのハーモニクスと、どの程度音程をずらすのかは、楽器によって違います。

 ピアノの調律では、一度うなりを消してから僅かに音程をずらし、うなりの数をかぞえるそうです。
厳密には、上ずり気味の倍音やサスティーンの問題や、調律曲線の事も考慮しなければなりませんが、少なくとも7F、4Fのハーモニクスの音とは同じにはなりません。調律曲線とはピアノの調律方法で、高い音は理論値よりも少しずつ高くし、低音は反対に少しずつ下げて調弦する方が自然に聞こえるという、経験則を数値化したグラフのことですが,ギターは、6本の弦の調弦だけですから、応用するには無理がある気がします。
ギターの場合1本の弦からいくつもの音程を作らなければならないので、どうしても複雑になってしまいます。
確実な方法は、開放弦をチューナーで合わせ、色々な音程でうなりを聞き、その楽器の癖を覚えておくしかありません。

 フレッチングがあやしい時は、各弦の3Fや5Fをチューナーで合わせます。どうしても曖昧になってしまう調弦ですが、しかし、ゆれや、ゆらぎはギターの音色の魅力のひとつです。曲の途中の気になる協和の関係も、押さえた弦を引き上げることで多少よくなる場合もあるし、どうしても目立つところは、その音程のために多少調律を変えることも可能です。それは、不等分律がそうであったように、許容範囲内の話ですが。

 ギターの音は持続することが苦手で、特に高音は減衰が早く、譜面どおりの音の長さを維持出来ないことがあります。
また、押さえて弾いた音は、離した瞬間に消えてしまい、レガートに音を繋げるには、素早い指使いが要求されます。
こんなとき共鳴音に助けられる事があります。共鳴音の数には限りがあり、時としてうなりを伴ったりしますが、弾いた音を豊かにし、ホールの残響のような心地好さがあります。
ここではこの感じをホール感としておきます。このホール感はギターの魅力の一つだと思います。
しかし共鳴音は弾いてない音で、譜面には無い音です。譜面どおりという事で言えば、音符の長さで音を切る消音はとても重要です。意識しなくても、前の音と同じ弦を弾くことや、アポヤンドで寄りかかることで消音出来る事がありますが、アルペジオなど、物理的に消音が無理な場合が多くあります。
特に低音の開放弦の音は長く残りますが、消音にばかり気を取られていると、音楽がなめらかに流れなくなります。

 基本的に、ギターは音を次々に重ねていく楽器で、偶然消音するか、意識して消音した音以外は、自然に減衰して、次の音の中に埋もれていきます。
どの音を意識して消音するかは、演奏者の力量しだいで、高度なテクニックが要求されます。減衰していく音もホールの残響に近いからと、消音を無視するわけにはいきません。
このホール感はギターがギターである為の重要な要素であり、特徴でもあります。
しかし、お風呂場の鼻歌のような心地好さも、多すぎると耳障りになってきます。
演奏レベルが上がり、音数が増え、曲が複雑になると、内声や低音の動きが気になってきます。
そうなると、共鳴で鳴り出した音や、消音しきれなかった音が邪魔になってくる事があります。
例えば、Emのコードを、親指で6弦からⅠ弦に向かってアルペジオをすると、六つの音が出るはずです。
ところが、実際はもっと多くの音が聞こえます。
ためしにコードを押さえたまま、6弦だけを弾いて、その音を消音してみて下さい。共鳴音が聞こえるはずです。
同様に5弦、4弦と共鳴音を聞いていくとかなり数が多い事が分かります。高音弦へアルペジオをすることにより、共鳴弦を消音していく事になりますが、最後に聞こえて来る音のかたまりは、六つよりも多いはずです。
音が濁っているのは、平均律の宿命ですが、共鳴音が純正調の音であることも関係しています。
曲の途中で、弾いた音をすぐ消音し、共鳴音をさがすと、たくさん見つかるはずです。
この共鳴音の多少は、共鳴弦が持っている倍音に関係してきます。低い倍音が少ない程共鳴音は少なくなります。
これは弦が古くなるにつれて音色が変わっていく事の原因のひとつでもあります。そしてもう一つの要因は、弾いた音と共鳴した音の二つの音程がずれると、共鳴音が少なくなる事です。
ですから、音程の悪い楽器や、調弦によっても、多くなったり少なくなったりします。

 倍音はホール感に関係していますが、音の分離にも関係してきます。分離がいいと言うのは、四つの音を弾いたら、四つの音がしっかり聞こえるという事です。
先程のEmのコードを弾いて、その音のかたまりの中から、六つの音を聞き取ってみて下さい。
次に3弦のソを半音上げた、Eのコードで弾いて、Emと響きの違いを聞いて下さい。
ひとつの音を半音上げただけで、響きが明るくなるのがわかります。
分離のいい楽器は、ひとつの音の違いも聞き取りやすく、響きの変化は、色が変わるように鮮明になります。
また、埋もれがちな内声がはっきり聞こえると、音楽が立体的になります。
分離の善し悪しを知るには、色々なギターを、内声を意識しながら、聞き比べる事が必要です。
分離のいい音は、音の立ち上がりがはっきりしています。
前の音が響いている中から、次の音を立ち上げるわけですから、共鳴音や、消音しきれない音の多少も関係しますが、それよりも大事な事だと思います。

 ひとつの音が立ち上がる時、各倍音がほぼ同時に立ち上がりますが、その倍音は自然倍音列であり、純正調の関係です。
各倍音がそれぞれの整数倍にきれいに並んでいる程、まとまりがあり、音の立ち上がりがはっきりし、分離のよさに影響します。音律の話の中で聞いた、純正調の和音の音を思い出してください。
ギターの一音は、音程にむらがあり、倍音にむらがあるわけで、特に立ち上がりの時の、進行波もどきの影響は大きいと思います。
しかし、一つの音の中で、平均律の和音のような濁りを少なくし、その音が集まった、平均律の和音が緊張感あるものにするためにも、一つの音の各倍音がより整数倍に近く、各倍音の音程の高低がより少ない事が求められます。
これは、ホールでの、音の遠達性にも関係していると思います。ステージの上での演奏で求められる、普段出さない強いタッチで弾いてもつぶれない音、よくとおるピアニシモの音、音程のはっきりした低音、などの音にも同じ事が求められると思います。他にも、分離のよさに関係していると思われる事が、いくつかありますが、目や耳で確認するのは難しく、うまく説明出来ません。

 音の立ち上がりは、楽器にとって重要で、その楽器の殆どすべての情報が詰まっています。
鳴っている、つぶれている、あまい、クリヤー、等など、ギターの音を表す言葉の数だけ、立ち上がり方が違っているはずです。しかし、立ち上がり方の特徴と、聞こえてくる音の関係は良く解かっていません。それは、『ギターのはなし半分』でも触れたように、立ち上がっていく音の中には、弾弦する時の、色々な音が混じっていて、周波数成分をきれいに分析出来ないからです。

 ギターの音色の違いを聞き分ける為に、音を色々な部分に分けて聞いてきました。
不思議に、部分や機能に欠点があるのに、ぐっと来るギターがあります。
反対に、どこと言って欠点がないのに、魅力を感じないギターもあります。それは、音の部分をいくら聞き分けても、『いいな~』と感じた事の説明にはならないからです。
大切にしたいのは、『いいな~』と感じた感性です。それは音楽を聞いた時や、頭の中でこう弾きたいとイメージする感性に繋がる気がします。
そして、その感性が求める音色を聞き分ける手掛かりとして、音の部分を聞く事が必要だと思います。それは音色を表す曖昧な形容詞をより具体的にする事であり、演奏家と製作者のコミュニケーションに必要な物差しにもなると思います。
物差しの種類はいくつもあり、たくさんのギターを聞き比べる事で、精度も良くなります。
しかし、その物差しで計ったいいギターは、その演奏家にとってのいいギターです。ギターは、それだけで名器ということはなく、演奏されて初めて名器になります。

いいギターと巡り会うためには、自分の感性を信じ、自分のタッチをつくり、耳を豊かにし、自分の耳で見つけるしかありません。せっかくの、本物との出会いが、すれ違いにならない為に、その楽器の性能を充分に引き出せるタッチや、音色に対する感性は大事に磨きたいものです。
演奏や楽器を、批評や評価するのは難しい事ですし、その物差しは、個人的なもので曖昧なものです。
それは、使う物差しの優先順位や、目盛りの振り方が同じではないからです。
しかし、色々な批評や評価があって、その物差しに何らかの共通性を感じられる事が、文化であるような気がします。


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