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田邊雅啓 第2話

田邊雅啓②(Guitarra Española ~受け継がれていく伝統~)

 

講習はシグエンサにあるエルマノス・マリスタスという修道院で行われた。先ずシグエンサの場所だが、マドリッドの北東130キロメートルに位置し、12世紀のイスラム時代の古城を中心とした、中世の面影を残す美しい町だ。古城はパラドールになり、それ目当てに訪れる観光客もいるという。ここにある歴史博物館の一角にロマニリョスがシグエンサ市に提案して立ちあげたギター博物館がある。歴史的なギターやビウエラなど23台の彼の楽器コレクションと、ギターに関する文献や写真、そして忠実に再現されたサントス・エルナンデスの工房などが展示されている。作業台の足元には雰囲気作りにロマニリョスが削った鉋屑まで散っていて、もしシグエンサに立ち寄ることがあったら是非どうぞ。ギター愛好家なら楽しめるはずだ。

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修道院はシグエンサ駅から2キロほど離れたのどかな田園風景の中にあった。修道院なのでチャペルもあるが、日本でいう研修センターみたいな色合いもあると思う。トイレ・シャワー付きの宿泊設備と、作業場の外にはバスケットゴールとプールもあった。施設の中のテラコッタの敷かれた広い半地下室が作業場となった。半地下室と言っても、窓は大きく、白い天井に外の地面の照り返しが当たって明るく、窓を開ければ湿気を含まない気持ち良い風が抜けた。外はスペインの8月の強い日差しなのに、とても涼しく快適な環境で、作業していても汗をかくということがなかった。その広いスペースに作業台18台と講習生分の組立型が置かれ、奥にはロマニリョスの型や治具、普段使っているプライベートな道具や機械、作りかけの表板やネックなど材料まで、講習生にとって垂涎の宝の山が所狭しと置かれていた。 2-2 2-6 2-7 講習生は全部で17人。スペインはもとより、イギリス、ベルギー、ドイツ、スイスにノルウェー、アメリカ、カナダ、そして日本。彼らのほとんどが一度は製作のしたことのある経験者か製作が生業だ。(日本からは私を含め、尾野薫さん、中野潤さん、佐久間悟さんも参加した。)演奏も達者な人が多く、ロマニリョスが見本として置いておいたトルナボス付の無塗装の新作や、講習生が持ち込んだ自作のギターの音色が講習の合間に木霊していた。スペインの風土のためか素晴らしい講習のためか、その響きはため息が出るようなものだった。

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 作業台の場所をくじ引きし、講習がスタート。私は一番後ろになった。ただ出入り口や、いろいろな情報が飛び交う喫煙所が後ろに合ったので、なにかとみんなとコミュニケーションをとることができたのは幸いだった。

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講習の流れは、まずロマニリョスがみんなを集め、製作の講義をして(その作業の意味、注意点、コツなど)、さらに具体的に言及しながら講義に沿って実演をする。講義はもっぱら英語で行われ、苦手な人にはスペイン語で補足が入る。それぞれが倣って作業を始めると、リアムと二人で各作業台を回り個々の質問・疑問を受け、的確にアドバイスをし、手伝ったり再度実演したりするシステムだ。二人とも毎日8時間をかかりっきりで、製作に遅れが出たり、失敗したりしないように、かなり気を配り、時には夜遅くまで付き添ってくれた。時折良い質問が出たり、勘違いしやすいポイントが露呈したりすると、その作業台にみんなを集めにわかに講義となる。非常に勉強になる講義に、みんな作業に没頭していても集合がかかるとあわてて集まり、終わると蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの作業に戻っていく。 2-8

すべてのロマニリョスの製作には、明確な意図があり、具体的な判断基準がある。そこには一切の妥協も矛盾もなく、研究し尽くした必然性が感じられた。表板の判断基準は圧巻で、とにかく柾目を、それも縦方向の繊維を注視して、マイクロスコープで木口を見たり、削る出した表面に浮かぶ花のような柾目の杢を「フラワー」と呼び、より大きな花びらが出ることが、縦方向に木目が通り完璧に柾目で木取りされている目安としたり。思うような材料が得られないならば、接ぎ目を増やしても極上の所だけを使用する。さらには表板の薄さの仕上がり判断も指先で少し曲げてたわみ具合を感じとり、理想の強度になるまで削る。例えばロマニリョスの表板は中心で2.5ミリ厚、周りで2.0ミリ厚が標準だが材料によってはそれ以下になることも多い。実際私の表板も柾目の良質のものを選んであったので、マエストロは周りを指でたわませ「1,8ミリくらいでいいかも。」とのこと。ギターのかたちになる太鼓にした後も、表板の中央に駒材より少し大きめの材料を載せて上から押し弾力性を計り、「150番くらいのペーパーを10数回かけて、少し表の板厚を落としなさい。」とのこと。力木の高さや形状の仕上げも同様だ。表板に張り付けた力木の両端を表板ごと保持してしならせ、コシをみて強度を計る。アントニオ・デ・トーレスが神父に伝えたように、ロマニリョスもまた、最良のギターの仕上げを指先で感じ取るのだ。

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