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番外編:製作家ベレサールの想い出

ギターラ エスパニョーラ 番外編として、「ベレサールの想い出」掲載致します。

本文は、1987年10月の追悼イベントのプログラムとして寄稿され、その後、2015年5月17日行われたサロンコンサートにおいて一部補筆・訂正し来場者の皆様に当日お配り致しました。

ここに改めて掲載致します。

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ベレサールの想い出

訪れた人の誰もが驚くほどのその小さな工房は、ささやかな彼の住まいの玄関の正面にあり、人がニ人とは入れない小部屋であった。今から10年程前、初めて彼と出会ってから一体何度私は、彼の小部屋を訪れたことだろう。
私がマドリッドで住んでいた処は、彼の家から歩いて10分程の、地下鉄の駅を挟んで反対側にあったので、私や妻は市場や駅でしばしばエミリア夫人と出会った。
そしてその数日後には、なぜか彼の家を訪れ、カフェオレとチョコレート、そして夫人が作った、とっておきのギンダ(サクランボの一種) の果実酒のもてなしを受け、楽しく午後のひと時を過すことが多かった。

その折、傍らで夫人が妻に、得意な料理や編み物の小さな秘密を教えているのが、確かに幼ない頃読んだ童話の中の世界の様に思える。そこが森の中の一軒屋である様な、不思議な幻想に囚われることがあった。
なぜだろう・・・・・。 そんな疑問も深くはつきつめず、10年間住んだその地を後にし、訪れる度にあの小部屋で少しずつ形を現わしてくるギターや、良く聞いた義父のエルナンデスや可愛がっている孫娘の話が、何時かしら遠い世界のものの様に思えて来た1年後の去年の9月初めに、思いもよらずエミリア夫人からベレサールの訃報が届いた。
一緒に正月にはマドリッドに行き、彼と再会しようとベレサールを深く尊敬する友人と話した矢先のことでもあり、動転したであろう彼女から、同じ知らせが次々に3通も届いて、私は心が痛んだ。
その友は、年に1~2回スペインを訪れる度に、彼の処に立寄るのを何よりの楽しみにしていた。そしてその都度、苦労して手に入れた良材をおみやげ替りに持参したものだった。
その時それを調べる彼の普段と打って変わった厳しい目が、やがて満足そうな微笑みの中にとけていく時、一瞬私は彼の仕事場での考情を垣間見た様な気がしたものだった。
そして数々の想い出にまみれて、再びマドリッドを訪れた今年の初め、飛行機の中で私はひたすらベレサールのことに思いを馳せた。
日々、私は車に乗り電車に乗り飛行機に乗り、いったい何処へ行こうとしているのだろう。
人と会い計算をして、私は何を得ようとしているのだろう。
考えると、ベレサールは肺を犯され病弱だった故に多くの人とは交わらず、毎年9月に取る短かい休暇の時以外、旅に出ることもない人生だった。
けれども人生は移動した距離で大きさを計るわけでは無論ない。
その祈りにも似た作業を誰にも見せないためにたくまずも造られたその小さな工房のなかで、仕事によって、彼の人生は人と連なり、世界と連なり、神と連なっていたのだと思う。
私は大仰に言い過ぎているのかもしれない。
しかしそう考えなければ、街なかの小さな家を何時も訪れる時に、滋愛に満ちた優しく懐しい世界が私を包んでくれたことが分らなくなってしまう。
彼の作ったギターの音を聴くと、その世界が彷俳としてくるのが理解出きなくなる。
思い乱れて訪れた、主のいない家でのエミリア夫人との再会は悲しく未だに語るに忍びない。
だが、あの小さな工房で命を削り込んで作られた、晩年のみごとな作品のうちの数本は、今、幸いなことに私の友の手元にある。
人の良いベレサールがもう材料と引き換えに未完成の作品まで取られてしまうことがない様にと、あらゆる手をつくして手に入れて贈った良材も、その大半は作品となるのを待たず彼の死後すみやかに他人の手に渡ってしまった。
しかしここに御紹介するアグアド・イ・エルナンデスや彼の作品は、生前の約束通り現在も、私たちの顧客でもあり、友でもあるギタリストや愛好家の手元にあり、いたずらな散逸を免がれ、信頼と友情の証しとして、日本に根付いたギター文化の証として大切に保管され愛奏され続けている。
本日の催しは初心者の方へのギターへの誘いへの気持ちを込めた田嶌道生氏の出版記念イベント、僅か二十余人かたをご招待したこの催しで、今日、その逸品がこうした形で披露されるのは、ささやかなことではあるが、大裂姿なことを嫌った彼の人生を思うとあるいはふさわしい形といえるかもしれません。
願わくは、今日コンサートに来られた全ての方が、ベレサールが命をかけてその作品に吹込んだ音の魂に触れることが出来ます様に。

 1987年10月の追悼イベントのプログラム後書きを一部補筆、改めて皆様にベレサールの事をご紹介する次第です。

2015年5月15日   本山清久


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