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2.イグナシオ・フレタ

A:「フレタは絶対視されていて、外観もギターの王様といった風貌ですね。」

B:「コンサートギターの最高峰のひとつであることは疑いありません。」

A:「強烈な印象はないと思うのですが、真価はどのあたりにあるのですか。」

C:「個性はかなり強いですよ。たしかロイ・コートナルの本の中に、フレタは演奏者が誰かという前にフレタであることを主張するというような記述があります。」

B:「ステージでの信頼性には定評がありますね。自分で弾くと、それほど音量があるようには感じられないのですが、遠くでも太くて豊かな質感が良くとおります。」

C:「あの音色は他にない。」

D:「この前、マルセル・カヤトといったかな、あの人のCDを聴いたけど、すごく魅力的な音で、繰り返し聞いてしまいました。解説を見たら、フレタなんです。」

A:「どのように魅力的なのですか」

D:「しっかりした手応えがあって、清潔な甘さがある。」

C:「それじゃアルカンヘルと同じじゃないの。」

D:「いや、言葉だと似てしまうけど、比較的古いジョン・ウィリアムスの録音を思い浮かべて下さい。あれがフレタの音だと思います。カヤトのはもう少し甘い感じだけど。」

C:「豪快で、しかも自然で、味わいがありますね。ラミレスのように毒のある音とは対照的かもしれない(笑)。でも私はラミレスも好きですけどね、あの個性も他にないですよ。毒にやられてしまう。」

A:「かつて、トリビオ・サントスが弾いたのを放送で聴いたことがあるのですが、あの人、カリカリした音なんですが、それなりに味わいのある魅力的な音になっていました。あれもフレタの威力ですかね。」

D:「稲垣さんのCDもフレタで録音していて、いい音ですね。うわーフレタだ、という感じがする。」

C:「ギターの魅力は高音にある場合が多いのですが、フレタは低音にも魅力がある数少ないギターと言えるでしょう。私は、バリトンで鳴るギターはフレタしか知らないな。」

B:「とにかくプロの信頼が厚く、世界中で人気があります。どういう場所でもよく鳴るし、奏者の思い通りになる懐の深さがあります。ただ、フレタは乾燥に弱いので多少注意が必要です。とくに表面板が割れやすいんです。」

C:「バルセロナは湿度が高めだから、そこで作られたギターが日本の冬場の乾燥に長時間さらされるのは大変過酷です。フレタに限らず、湿度が30%位の場所にずっと置いておいたら、どれでも割れてしまう。でも、別に神経質にならなくても、1日1回湿度計を見て、乾燥しすぎないように注意していれば、ほとんどのトラブルは避けられると思います。」

A:「割れるともうだめですか?」

B:「いいえ、きちんと修理してあれば問題ありません。修理後に良い状態を保っているフレタは多いです。買うのなら逆に、修理にこだわらないで、音で選ぶべきだと思いますよ。良い音のフレタの方が割れやすいという人もいます。自分で弾くのなら、割れよりも良いものかどうかが問題です。時には弾きつぶれてしまっていて、ぬけがらのようなフレタを見ることがあります。」

C:「フレタは弾きやすさも評価しないと。音の印象とは逆に、張りは弱めです。ネックも独特の削り方で弾きやすい。見た目は指板が厚いし、ごつく見えるけど、違うんですよね。」

A:「フレタは、たしかヴァイオリンか何かを作っていたとききましたが。」

B:「そうです。最初に作ったのはチェロだったと思います。その後、リュートやヴィウェラのような古楽器の修理もやったようですよ。先ほど出てきたコートナルの本には製作中のヴァイオリンや、ヴァイオリンのヘッドが並んだフレタ工房の写真が見られます。ギターも手掛けてはいたようですが、セゴヴィアの演奏を聴いたのがきっかけで開眼したようです。1957年に、はじめてセゴヴィアのためにギターを製作したとされています。1962年ごろから、ラベルが ”Ignacio Fleta Barcelona” から “Ignacio Fleta e Hijos” に変わり、2人の息子との共作となりました。」

C:「フレタも最初からあのモデルだったわけではないですよね。」

B:「彼もまたトーレスを研究し、小さめのギターから製作を始めたようです。ほとんど目にすることはありませんが、そうしたごく初期の作品が売却されたことがあり ます。」

D:「フレタは普通、松・ローズまたは杉・ローズを使っていて、ときどきハカランダの場合がありますが、まれに裏・横をメープルで作ったものがありますよね。」

B:「ヴァイオリンなどを作っていたため、良いメープル材を持っていたんですね。アウラにも入ったことがあります。ところで、はじめ初代のフレタは、完成した作品が引き取られていくと、一定期間使ってから持ってきてもらい、状態をチェックしたそうです。厳しい人だったようですね。I世は1977年に亡くなり、その後2人の息子が工房を継いでいましたが、現在では兄フランシスコも引退し、弟ガブリエルとその息子が工房を守っています。彼らの手を抜かない仕事に比べて、相変わらず注文の方が多すぎる状態が続いています。」


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