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セラック 性質と歴史

天然樹脂を揮発性溶剤に溶かしたものを揮発性ワニス、また乾性油を使ったものは油性ワニスと言います。
揮発性ワニスの中でも溶剤にアルコールを用いたものを酒精ワニスと言います。天然樹脂にはロジン、コーパルゴム、ダンマーゴム、セラック等、多数あります。
バイオリンの世界では酒精ワニス、油性ワニス両方使われ、昔の名器がどちらで塗られていたかで問題になるようです。
ギターは酒精ワニスの中のセラックワニス(セラックニス)を使います。スペインではゴマラッカと言います。
もともと日本では漆が唯一の塗料で天然樹脂の多くは輸入に頼っていました。
そのため名称はわりといいかげんでセラックもラック、シゲラック等、職人達の俗語を含め多数あります。
もともと種類の多いワニスの名称は複雑で、古い楽器に関する塗装の本などかなり頭を悩まされます。

 セラックとはインドを主産地とするラックカイガラ虫が植物に寄生して分泌した軟質淡黄色の樹脂質を採集、精製したものです。
精製によって種類がありますが、よく使われるものにオレンジ、レモン、ブリーチなどがあります。
オレンジとは名のごとくオレンジ色に茶色を少し混ぜたような色で、一番濃い色をしています。
また不純物も多く、アルコールで溶解して数日置いておくと沈殿物が出ます。それを数回濾過してから使います。きれいに濾過するには、充分沈殿させ上澄みを静かに注ぎます。
乱暴に扱うと沈殿物を舞い上げてしまい濾紙がすぐ目づまりしてしまいます。昔アルコールで溶かしたセラックを一升瓶に入れ、裏庭の土の中に数週間埋めておいたという話を聞いた事があります。

セラックのうちレモンと呼ばれるものは、ややうすい茶色で不純物はオレンジより少ないもののやはり濾過して使います。
ブリーチは一番薄い色で、日本の白ラックに似ています。上質のものは不純物が殆どなく濾過する必要はあまりありません。
ブリーチの中にルナというのがありますが、まさに月の色のような淡い黄色です。
通常それらのセラックニスを混ぜて好みの色を作りますが、場合によって着色したり、安定剤を入れたりして使用します。

 日本では大正時代スーパーワニスやセラックニスが主流でしたが、昭和初期ラッカーが輸入され、その性能のよさから急速に普及しました。
タンポ塗りの技術はラッカーの最終仕上げとしても発達し、もみずり、まわしずりとも言われ高級家具の仕上げとして欠かせないものでした。
その後、石油化学工業の発達と共に新しい塗料が開発され、スプレーの普及、進歩などにより合成樹脂塗料の全盛時代となります。
スプレー塗装はスプレーガンの送り速度、塗料濃度、室温などが数値化され、工業化、均一化されて行きます。
もともと工業材料として不向きな木材も、ベニヤ、パーチクルボードなどの均一な材料となっていきます。
セラックタンポ塗りは指先の感覚に一番近い塗装方法で、塗料の乾き具合や塗り加減など敏感に感じられます。
それを数値化、工業化するのは難しく、今やセラックタンポ塗りは過去のものとなり、一部の楽器制作者に使われているだけかもしれません。

 心臓に一番近い所から音が出る楽器と言われるギターは、それぞれ個性ある材料から作られ、たとえ名人が作ったギターでも、出来上がりに差が出るのは避けられません。
使い手は、製作者の名前に左右される事なく、自分の耳を信じ、作り手は指先の感覚を頼りにします。それらの感覚を数値化するのは更に難しく思われます。


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