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2. アルカンヘルの工房で

-「ところでアルカンヘル・フェルナンデスについては、色々と伝説的な話がありますが、本山さんは親しくアルカンヘルに接して来られて、本当のところはどうなのでしょう?」

本山「本当のこともあるし、間違って伝えられていることもあります。ここで誤解を解いておきたいことをお話ししましょう。彼は客と話をしていることが多い、これは本当です。彼は客と話してばかりいて仕事をしない、これは事実ではありません。彼は町が昼休みの時間、つまり人がたずねて来ない時間に、集中して仕事をしています。バルベロが昼休みに外へ出て、工房に一人だけになったところで2時間ほど本当の仕事をするのです。」

-「ぶらぶらして働かないイメージがありましたが、そうではないんですね。」

本山「そう、そして4時頃からが彼の昼休みになります。もちろん、その後も仕事はしますよ。それに、客と話しながらも少しずつ仕事はしているんです。能率は悪いですけどね。そして、夜も工房を閉めてから一人で遅くまで仕事をする事もしばしばあります。」

-「彼の工房には何人も職人がいるのですか?」

本山「彼とバルベロだけです。バルベロと2人で、工房内に向かい合った机で製作しています。そしてお互いに手伝いはしますが、大切な部分は別々に製作していています。ただし、塗装だけは専門の職人のところへ持ち込んでおこないます。この職人はもう高齢ですが高い技術を持っていて、現在は彼の息子も修行中です。そして最後の仕上げはこの人が工房へ出向いてアルカンヘルの前で行います。そこまで厳しい要求を出すのは恐らくアルカンヘルだけでしょうし、並の製作家がそんなことをしたらさっさと注文を断ってしまうでしょうね。しかし近年セラック塗装が見直されてきた為、マドリッドの他の製作家もアルカンヘルの紹介で彼に塗装を依頼するようになって来ました。」

-「二人の作品以外でアルカンヘルのラベルをつけているギターもありますが、これは工房とどういう関係になるのですか」

本山「他の<パラ・カサ・アルカンヘル>のラベルで出ている楽器はアルカンヘルの監修による作品と言う意味です。それらはそれぞれの製作家の工房で作られています。ただ彼の指導が厳しいため途中で止めてしまったり、或いは早々に独立してしまう人が多く、長続きした人はあまり多くありません。ラミレス工房でPCマークの作者として知られたペドロ・バルブエナは、アルカンヘルの監修になってからも我々の注文で独立したラベルにしてもらっていますが、最も長続きしている人と言えるでしょう。」

-「バルベロはもう一流の製作家なのに、ずっと師匠と仕事をしていますね。」

本山「アルカンヘルは実はとても繊細な一面を持った人ですが、こと製作に関しては妥協を許さない頑固な人ですから、バルベロのような温厚な性格の人がうまく合うのでしょうね。しかも彼が13歳の時、父親のバルベロⅠ世が亡くなって、それ以来ずっと一緒なのですから、いわば育ての親とも言える関係にあるのです。そんな若い頃の習慣が今でも延々と続いているのか、毎朝、バルベロが9時半くらいに工房にやって来て、10時までに工房を開ける準備をしています。アルカンヘルは今でもバルベロを小僧扱いしていますよ。でも、アルカンヘルがいなくなってもバルベロは仕事ができるでしょうが、バルベロがいなくなったらアルカンヘルは生きていけない(笑)」

-「バルベロは師匠の性格を熟知しているのでしょうね。」

本山「アルカンヘルは根っから職人気質の人で、芸術家だの師匠だのと持ち上げられることを嫌います。言葉はざっくばらんですが、本当はとてもシャイな人なのです。私の帰国が近づいたある日、ギタリスト達の指の太さを調べている、お前の指も計らせろ、と言われて見せたことがあります。その時は何のことやら意味がわかりませんでした。その後、帰国するときになって、はじめてその意味がわかりました。彼は私のイニシャルが入った指輪を記念にプレゼントしてくれたのです。」


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