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10.アントニオ・ラジャ工房編

 10月も末だというのに、日中はまだまだ日差しが強く暑い。照りつける太陽の中、アントニオ・ラジャの工房へ向かう。中央広場を抜けながら噴水の脇を通ると、風に舞う噴水のしぶきが頬をかすめて気持ちいい。しばらく歩いていくと、道の角にある白い壁の建物の一階に工房があった。けっこう人通りの多そうな道の角なので、通りを歩いている人がふと足を止めて入り口を覗くと、中でギターを製作しているのが見えるという、日本ではおおよそ考えられない状況である。

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 工房の中では、息子のフェレールがハカランダの裏板に軽石の粉を打ち付け、せっせとタンポを廻して目止めを行っていた。本山氏が挨拶をすると、ニコニコして手を止めて抱擁をし、父のパルドを呼びに行った。現れた父パルドとも挨拶と抱擁を交わす。パルドは喉の手術をしたようで、声が出にくそうだったが、とにかく元気で何よりだった。

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 本山氏が僕を紹介して、僕になにか助言して欲しい旨を伝えると、感慨深そうにしてから、なんと彼が20年前に作った、2作目のギターを見せてくれた。「まあこのころは何もわからず、見よう見まねで作ったよ。」と苦笑いしていたが、続けてまだ塗り途中の新作を手に取り、「20年でこんなにも良くなった。おまえはこれからだ。良いものを目指していけば必ず良いものができるようになる。」と激励してくれた。さらにハカランダの材料を二つ手に取り、どちらが良いギターを作れるかと僕に尋ねた。僕が色の濃い方ではないかというと、彼は「裏横は関係ない。大事なのは表だ。」とアドバイスをくれた。嬉しさのあまり僕がサインを求めると、快く承諾してくれた上に、「お前のこれからの将来のために、自分が良いと思う材料を進呈するからそれにサインをしてやろう。」といって表板の材料の束を手に取り、夏目、冬目の具合など、表板の選び方を教えてくれながら、とびきり良い材料にサインを書き始めた。僕はどうしていいかわからず、呆然としながら、材料を受け取り、そして彼に飛びついて抱擁をした。

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 さらに彼は、「日本じゃこういうのはないだろう。」と、真鍮の糸巻きのネジを一袋、どさっと僕の手に落とした。そして最初に渡した僕の名刺を彼の名刺入れにニコニコしながら入れて、僕の肩をたたいた。今日初めて会った日本人の製作家に、どうしてここまでしてくれるのかわからず、ただただ感謝してこみ上げてしまった。そんな父を見て、息子もニコニコしている。父をとても誇りに思っているのだということが父に向ける眼差しではっきりとわかった。僕は「腕が上がったら、この材料でギターを作ってくるから見てください。」と彼に約束すると、「息子も君もこれからだから、二人ともがんばりなさい。」改めて激励してくれた。

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 スペインに来てから何度も夢のような経験をしているが、彼の優しさに触れて、忘れられない最高の一日になってしまった。そんな人柄の彼の手によって作り出される楽器であるからこそ、すばらしい楽器が出来て、信じられないほどの優しさに満ち溢れた音が響くのだと思う。とても素敵なアントニオ・ラジャ親子と再会を約束した後、名残惜しくも別れを告げ、工房を後にした。

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