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16.トマス・ホルト・アンダーセン工房

 ジョン・レイの工房から通りに出て、すぐ隣のビルの一階の呼び出しブザーを押す。控えめなアブラゼミの鳴き声のような音が鉄扉の中で聞こえる。西向きの重そうな観音扉が開かれると、隙間からあご鬚を蓄えた若者が顔を出した。ほのかに優しさを漂わせたくっきりとした眼差しと共に。トマス・ホルト・アンダーセン。グラナダで新進気鋭の製作家だ。デンマーク出身の彼は、デンマークとスペインで家具などの木工を通して楽器製作を学ぶ。グラナダに息づくスペインギターの歴史と伝統の虜になり、工房を構え、ロルフ・アイヒンガーの指導の下で研鑽を積み、日夜、真摯に製作に取り組んでいる。2010年、本山社長がグラナダを訪問した際に彼と出会い、一目で気に入ったようだ。「本当にいいヤツでね。田辺君にも会わせたいよ。」と話していたのを思い出す。午前中訪れたベルンド・マルティンと話していて彼の話題になったとき、「あいつはいいヤツ過ぎる。(笑)」とのこと。それぞれのそんな話を聞いていたが、挨拶をして握手を交わすと「なるほど」と思った。

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 彼の工房に入ると、道に面して、左手に細長く奥行きがあるのがわかる。中の壁は白く、アンダルシアということもあろうが、コンクリートに白ペンキはモダンな印象だ。目の前の棚に、桟積みされた材料が所狭しと並んでいる。真ん中の大きな曇りガラスの窓の前に、作業台が置かれ、その上にはお洒落なスポットライトがネックと共に吊るされ、温かく照らしている。どうやら今回製作中の表板を選別したようだ。

 奥には、サンドペーパー類やこまごました冶具、大きな窓の前に小さい丸鋸が見える。近況を話しながら、曲げた後に型枠の中で安定させておいた横板のクランプを外していく。午前中せっせと熱を加えながら、曲げていたのかもしれない。

 彼の真面目な製作姿勢の現れとして、湿度管理に非常に気を配っている点を紹介したい。写真に収め忘れたのは残念だが、表板や弦など、湿気に当てたくない物は、壁に掛けてある調湿クローゼットで保管している。また、収集されたデジタル、アナログを含め何種類もの湿度計を一つの板の上に装備し、それによって接着のタイミングを相対的に判断するそうだ。その際、道に面した大きな窓二つは内窓がついていないので、湿度変化を防ぐために大きな板で塞ぐという徹底ぶりだ。夜半や朝方はシエラネバダの冷気が風と共に降りてくるので、案外湿度が変化するのかもしれない。これだけ管理していれば故障も少ないだろう。

 「なにか目標にする楽器などありますか?」と聞くと、「マエストロ・アイヒンガーに教えられたことを実践して、自分の音を追及していくだけです。」とのこと。そもそも何かを再現するのでなく、自分の頭の中にある音を表現していくのだ。

 出会いのしるしに、サインをもらう。一人、異国の地で、誠実に製作に取り組んでいる彼に敬意を表して。
それだけの熱意と実行力によって形になる彼のギターに、今まで以上に期待したい。

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