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3.サントス・バジョン工房編

 マドリッドの中心部から少し入った裏通りに彼の工房(兼店舗)がある。サントス・バジョンの工房は、もともとはサントス・エルナンデスの工房であり、血こそつながっていないが、エルナンデスの後継者であった父から譲り受け、工房と伝統を守っている。

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 店の脇の壁には、「サントス・エルナンデスの工房」と鋳造された、重々しい青銅版が埋め込まれていた。ショーウィンドウにはシンプリシオの製作で有名な、サウンドホールを指板両端に二つに分けたモデルのギターが吊るされている。中にはバジョンがいたが、ドアに鍵がかかっていたので、本山氏がノックして手を振ると、ニコニコしながらゆっさゆっさと歩み寄り、ドアを開けてくれた。本山氏が握手と抱擁をした後、私も握手をする。そして店の中を見渡すとサントス・エルナンデスの頃からの歴史が広がっていた。

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 壁一面の大きな額に、セピア色になってしまったたくさんの写真が、まとめて納められていた。タレガやセゴビアをはじめたくさんのギタリストがこちらを向いている。そしてカウンターの後ろに飾られた大きな油絵の中では、サントス・エルナンデスがギターを作っている。店の中から見ている構図で、柱も壁も作業台も、まぎれもなく私が現在見ているものと同じである。サントスがギターを作っていたであろうことを考えながら、絵よりもずっと古びてしまい真っ黒に光っているその作業台にそっと手を触れた。鋸目やノミの跡が数知れずついた作業台のごつごつした感触と100年近いその歴史に、背筋がゾクッとした。

 ふと我に返り、本山氏とバジョンの会話に耳を傾けると、彼はいろいろ忙しいらしく、あまり製作できていないらしい。店の中にある3本のギターは、2本がサウンドホールセパレートタイプで、もう1本はトルナボス(共鳴筒)入りであった。彼も工房と伝統を引き継ぎながら必死で製作に取り組んでいる。残念ながら仕事場は見られなかったが、写真の中にあったサントスの時代の仕事場となんら変わりはないであろう。サントスの作業台に触れただけでも十分である。彼の店を見たことで、ギターの歴史と伝統の重さを直に肌で感じられた。移り行くこの時代の中で、伝統を守り技術を継承していくことは並大抵のことではない。彼や他の製作家のように、伝えられた「いいもの」を知り、それを信じて守っていくことを願う。そして自分もスパニッシュギターの流れを引き継ぎ、微力ながらその伝統を守る担い手になりたいと思う。


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