HOMEレポート書籍紹介 > 第5章 材料
第5章 材料

トーレスは、側板と裏板に主としてシープレス、ローズウッド、メープルを用いた。
しかし、トーレスが特定の材料を好んで用いていたのかを確認することは難しい。それは彼が製作したギターのうち、1/5程度しか残されていないためである。
残されたギターから推定すると、彼が最も気に入っていたのはローズウッドで、次がメープル、そしてシープレス、マホガニー、ウォールナット、桜、アカシアの順である。
トーレスが使用したローズウッドはブラジルのDalbergia nigra の類で、インドのDalbergia latifoliaやDalbergia cearensis(kingwood)とは、性質や色、模様、香りが異なる。
ブラジリアン・ローズウッドは、1492年のアメリカ大陸発見後、すぐに楽器製作に取り入れられたと推定される。ある1566年の楽器の明細表には、「ブラジルウッド」とユソウボクを使ったリュートとコルネットの記載がある。この「ブラジルウッド」は、leguminosae科のCaesalpinia echinata(ペルナンブコ)であるかもしれない。
これはローズウッドと同様、織物工業の染料を取る目的で使用され、大量にセヴィリアに輸入されていた。
16世紀には、ローズウッドはサント・ドミンゴからスペインにもたらされ、百キロで306マラヴェディ貨で取り引きされていた。その後各種の木材が、当時スペイン領だったポルトガルを経由してスペインに輸入された。
シダー(杉)、黒檀、ローズウッド、メープル、ウォールナット、シープレスといった木材はすべて18世紀にはギターの材料として用いられていた。
しかし、ローズウッドがクラシカルギターに最も適した材料として受け入れられるようになったのは19世紀半ば、トーレスが使用してからのことである。

トーレスは、使用する木材を、どのようなギターを望むか、または木材のストックがあるかどうかで決めていた。
彼は少なくとも8種類の木材を使用していたことが知られており、実験的にボール紙で作られたギターも存在する。
このギターは、表面板こそがギターの基本性能を決める部分であり、音質全体を左右する部分であるという彼の信念を証明するために作られた。
彼の本当の目的が何であったか記録は残されていないが、側板と裏板に用いる板はギターの音にそれほど大きく影響しないということを証明したかったのだと推定される。プジョール(訳注:タルレガの弟子で演奏家)もこのことに同様の見解を示している。
ギターの胴を作るとき、トーレスの判断の基準は、材料の音響的な性質にではなく、主として美的な面や材料の入手のしやすさにあった。
彼の残した作品がそのことを示している。
たとえば、locust wood(ceratonia siliqua)は、節穴、傷、渦模様などがあり、音響的にすぐれた材料としてトーレスが選択することはなかった。
しかし彼は、数本のギターに見られる「鳥の目模様」のメープルと同様、外見的な華麗さを得るために、この木を選択することがあった。
色の濃いローズウッドよりもメープルを用いたものに念入りな装飾がなされたのは、偶然のことではなかったのである。
シープレスはメープルに比べ、美的な面での魅力に欠けるため、トーレスは第二の選択肢として安価なギターに使用していた。しかし特に求められば、彼はコンサート用のギターにさえシープレスを使っただろう。

88本残されているトーレスのギターのうち、24本は裏板と側板にローズウッドを使用している。
そのうち17本はセヴィリア時代に製作されたものである。ローズウッドの質と模様は各々かなり異なっており、裏板として何枚も貼られている。
たとえば FE09 は一見すると4枚を貼り合わせてあるように見えるが、入念に調べると、バランスと木の幅を得るために鳥の翼のように重ね合わせてあることがわかる。
トーレスは裏板を3枚以上の板を接ぎ合わせて製作したが、それは必然性があったからではなく、主として2枚で製作できる幅をもった材料を入手できなかったためである。
そしてトーレスは、少なくとも9本ローズウッドのギターを伝統的な2枚接ぎで製作していることから、3枚、4枚接ぎの場合は適当な幅の材料が手に入らなかったたためと推測するのが妥当であろう。
2枚であれば、明らかに製作が楽になり、工程や接着も3枚以上の場合より短縮できる。
3枚以上になると、接合部に使用する部品もさらに必要となる。
トーレスの末裔によると、次のような逸話が残されていて、彼が常に良い材料を求めて目を開いていたことがわかる。
ある日レアル通りを歩いているとき、彼は娘の夫フランシスコ・サルバドールが家の戸口の素晴らしい木目の板を漆喰で塗り隠そうとしているのに気づいた。
トーレスはフランシスコをたしなめ、「つまらない部分にそんな良い木を使わないで、知らせてくれたら良かったのに。ギターを作るのにとても良い材料だ。」と言って、十分な量の粗末な木と交換して行ったという。
残念ながらその木が何であったかという記録は無く、推定する他ない。
しかしこのことは、トーレスがどんなものからでも、古い家具からであろうと材料を得ようとしていたのであり、彼が望んだほどには材料のストックが充分なかったことを示している。

[スプルース]
トーレスが使った表板を詳細に調べてみると、多くは2枚をひとつの材料から得たのではなく、今日市販品に見られるように別々に選別して作成している。
ほんの僅かの場合を除いて左右対称にはなっていない。彼は、ボール紙製の胴を含め、いくつかのギターで2枚の年輪の間隔をできるだけそろえようとしたため、一見すると同一であるように見える場合もある。
響板を詳細に調べてみると、それらは実際には非常にたくみに組み合わされた別の板であることがわかる。
二つの表面板について顕微鏡観察をしてみると、ヨーロッパスプルース(Picea)とおそらくPicea excelsaが使われている。
スプルースとモミ材はとてもよく似ていて、主な違いとしては、モミ材にはヤニの導管がないことが挙げられる。両者を外観から見分けることは難しい。
トーレスが使用したすべての表面板からサンプルを採取することはできないので、そのうち2つについてスプルースが使用されているとしても、常に表面板にスプルースを使用したかという質問に答えることはできない。
残されている表面板が外観上似ていることは、3つの例外を除き、トーレスがスプルースを標準と考えていたことを示唆している。
ある種のモミ(Abies pectinata)はピレネー地方に見られるが、スプルースはすべてスペインへの輸入品であった。
1856年製のギターの内部には、1812年に入手したマラガの松であるという鉛筆書きが見られる。この謎めいた資料は、南スペインのシェラ・デ・ロンダで見られるPinaceaeの仲間であるpinsapo tree(Abies pinsapo)を表面板として用いていた可能性を示している。
2台のトーレスから得られたサンプルでは、木目の繊維はサンプルの方向に完全に平行になっている。このことは、完全な柾目であることと合わせて、基本的な考察のひとつであり、トーレスにとっては年輪の均一性や対称性よりもずっと重要な問題だった。彼は次のような条件で表面板を製作した。
(a) 木の繊維が表面板に平行であること
(b) 年輪が表面板に垂直方向となる柾目であること
(c) 年輪の狭い側を中央にもってくること
この3つの因子は、厚さが部分的に1.4mm以下となるような表面板をもつギターを製作する場合には、非常に重要である。
トーレスが製作したギターの表面板の多くが左右異なる板であることについて、これまでもいろいろと言及されてきた。
これは2つの要因によると考えられる。
ひとつは適当な材料が不足していたことで、もうひとつは完全な柾目の表面板を得る必要性である。
セヴィリアにもアルメリア同様にスプルース材はたくさんあったが、表面板には適さなかった。
トーレスは、同じ板から表面板を作るためには、かなり均一な年輪の板を探さなくてはならなかった。
彼がもし十分大きな板を手に入れていたら、もっと多くの左右対称の表面板を得ることができただろう。
トーレスは柾目の板を入手することにばかり集中していたので、年輪の断面が表面板に対して垂直となるように、市販の板を削りなおさなくてはならなかった。
これは一般の製材を楽器用の材料に転換する際に非常に重要な事柄である。というのは、年輪の方向が垂直面からずれるとヤング率が変化し、そのため表面板の弾力も変わってしまうからである。
現存するうちの5本のギターは3枚と4枚から製作されており、11本以上が表面板の中央をはずして接合されている。
このことはトーレスが表面板を製作するために十分な幅をもった材料や、完全に一致する2枚をなかなか得られなかったことを示している。
彼が2枚の板を使って中央で接合することを望んだことは疑う余地がない。中央の力木が接合の役割を兼ねる方がより良い製作方法だからである。
年輪の幅が一定でないことは、現存するギターから明らかである。間隔は、25mmあたり9個から46個まで変化している。トーレスは間隔の狭い方を中央に向けることを好み、2本を除くすべてのギターにこれが見られる。
例外的な2本については間隔の狭い方が低音側となっている。通常とは異なった、年輪幅の向き、粗悪な材質、接合部が中央を大きくはずれていること、2本に共通して9年間の中断の後製作されたギターであることは、彼が良い材料を入手することができなかったことを示すもうひとつの証拠である。

トーレスが表面板を乾燥・シーズニングしていた方法はほとんどわかっていない。
しかし、彼の友人であり、助手でもあったMartinez Sirventは、Pinabete sangrado (bled spruce) の類がその中にあったと記録している。
それは1856年に製作されたLa Leonaの表面板に使われたスプルースと同種である。彼はギター製作をよく知っていて、じかにトーレスの製作方法を見ていたとはいうものの、司祭であり、トーレスから聞かない限り本当にbledかどうかわかるはずはない。
La Leonaの表面板は、他のどの作品に使われたスプルースと比較してもほとんど違いがない。この「bleed(松脂を除く)」ということが、表面板として使う上で必須の過程だったのか、それとも単に特殊なスプルースの流通上の名前だったのか、わかってない。おそらく、輸入業者が使っていた専門用語であろう。19世紀のヨーロッパにおいては、スプルースから樹液を採取することは、松脂を得るため、とりわけブルゴーニュ松脂や医薬品を製造するために試みられていた。

トーレスが他に松脂の除去の類を行ったかどうかは推測する以外ないが、彼がアルメリアやセヴィリアの降り注ぐ太陽を表面板のシーズニングに利用した可能性は非常に高い。
今日でさえ、スペインには表面板を乾燥させるために直接太陽光にさらす製作家がいる。
トーレスの後継者達によれば、彼はazoteaという、伝統的な乾燥方法を取っていたと言われている。
Azoteaはトーレスの最後の家であるカニャーダ・デ・サン・ウルバノのレアル通り80番地で見ることができる。
Azoteaというのは、平屋の住居の平らな屋根のことで、アルメリアの人々が少ししか降らない雨を集める手段としていた。
亜熱帯の地域では、年に300日も晴天が続き、年間の平均雨量が約223ミリしかないため、水は大変貴重なものである。
Azoteaは、同時に日よけとしての意味があり、保存を目的として木材や農産物を乾燥させるのに理想的な場所でもある。
木材を日光にさらすことが音響的な変化をスプルースにもたらすという考え方には根拠があるわけではないが、いくつかの擁護すべき理由がある。
木材に直接日光を当てるのでないとしても、少なくともスプルースの状態を調整するのに有用である。人は、トーレスのような職人はギターを作る上で自然の力を生かす方法を知っていたと思いがちである。
スプルースは、bledであろうがなかろうが、複雑な組織をもっており、水だけでなく、内部にセルロース、でんぷん、リグニン、レジン、タンニンのような化学物質を含んでいて、スプルース材の音響性能を決定づけていると考えられる。

アントニオ・デ・トーレスの≪目次≫に戻る


yomimono yomimono