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佐久間悟 ロマニリョス講習会

佐久間悟:ロマニリョス講習会 レポート

2001年9月はニューヨーク世界貿易センタービルに2機の飛行機が突っ込んだ同時多発テロの記憶が鮮明です。
前月スペインで行われたロマニリョス製作講習会を終えて自宅でゆっくりしている時の出来事でした。
あれから14年の月日が経ちました…。

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あの年、知人からスペインで名工ロマニリョスの講習会が行われるとの情報を得ました。
講習会のメールアドレスを頼りにロマニリョスの息子ペペと拙い英文でコンタクトを取り、詳細を得て参加を申し込み、飛行機のチケットを予約したのを思い出します。

楽器製作の夢を棚上げにしていた私にとってラストチャンスに映りました。
思い切ってスペインへ飛んだわけです。

あの時、決意したことがきっかけで、今の多くのことに繋がっていると感じています。
懐かしく思い出しながらこの原稿を書いています。

さて、シグエンサでの講習会について詳細は既に他の製作家が書かれています。
そちらを参考にして頂きたいと思います。
講習会には数人の日本人製作家が参加しました。
それぞれ感じ取ったもの、持ち帰ったものは違うでしょう。
ここで書くのは私の感じ取ったスペイン伝統工法とご理解下さい。
そしてロマニリョスが後世に伝えたい事、アイデア、システムとは…。

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講習会が始まり、10数カ国から集まったギター好きが旧修道院の半地下に潜り、 楽しげにワークショップで楽器を作っている、その空間はスペインの日差しのように 熱いものでした。時折、各自休憩を挟みながらコーヒーを飲んだり、ギターを弾いたり、 談笑したり、とても自由なものでした。 FH000036 かといって製作を途中で放り出すような人は誰もいません。 朝から晩まで木クズにまみれ、楽しんで製作しているのです。 心底製作が好きな連中が集まった講習会です。 FH010012

その中心で熱弁を振るい、図説し、実演する巨匠ロマニリョスの姿がありました。 材料、道具、ジグ、簡便な木工機械にいたるまで揃えて、全てを公開していました。 その姿は参加者の中で飛び抜けてギターが好き、製作を愛している一人の人間に映りました。 国籍も年齢も問わず、自分が苦労して手に入れたスパニッシュメソッドを伝える、 その事自体がギターに対する愛情そのもの、巨大な存在感を持つ名工でした。 FH000027

しばらくして気づいたのは、徹頭徹尾、まやかしのような曖昧さがない、 非常に合理的で科学的な姿勢を貫いていること。 良い音(もちろん各自理想の音があるでしょう)にとって一番良いシステム、 すなわちスペイン伝統工法を採用しているわけです。 具体例は公開しませんが、楽器本体、工程、ジグの細部に感じる事ができます。 名工を絶対視しがちな日本人的価値観を180°変えられました。 これは本数を沢山作ればより良い楽器が作れる式の考え方と一線を画すもので、 丁寧に実験を繰り返す研究者の姿勢です。 講習会の中で楽器の組み立てまでをひと通り経験したわけです。 それは良い素材を選び、良い性質を引き出し、無理なく正確に組み上げる、 至極当たり前な作業に他なりません。 しかしその当たり前さの延長線上に銘器は産まれる事を知りました。 それが講習を通じて得たものです。

ロマニリョスはギターの系譜の中に自分を位置づけ、その歴史を後世に残すために国籍を問わず、伝統工法を公開しました。 東の果ての島国でその思いを受け継ぐ人間がいてもいいでしょう。 私はこの10年、飽きもせず同じモデルを作り続けて来ました。 「当たり前さ」を身につけるために反復して来たとも言えます。 その中で同じことを繰り返して見えて来るものがあります。 それはロマニリョスの工法の融通無碍な優秀さ。 正確に組み上げる意味でも作り手の技量が直接反映されるメソッド。 そしてロマニリョスが望むかは別として…使い方によっては様々なタイプの楽器にも応用が可能である、そんなシステム。 それは思いつきではなく伝統の上に乗って積み上げられた工法でしょう。 良い音を求めて名工たちが歴史を作って来ました。 その一番大切な部分が表面板の放射状に伸びたファンストラッツ、扇状力木の配置に集約されています。 ボディーの大型化に伴い、豊かな鳴りを実現するために採用されたアイデア。 スペインの名工が残したい大切なものです。 時代は下り、ギターは世界の国々で楽しまれています。 様々な実験的取り組み、製作も音楽も行われています。 私は多様性の中から素晴らしい楽器が出て来ることを否定しません。 ラティス、ダブルトップ、新素材も良いでしょう。 ただロマニリョスが教えてくれた方法は歴史を積み上げて来た、いわば証明済みの工法です。 それを踏み固めてさらに上に積み上げる必要があると考えます。 もしかするとスペインでの講習会に参加して肌で感じたものは、その歴史の重みだったのかもしれません。 建築と似ています。 一つずつ石を積み上げて大きな聖堂を建てるように。ゆっくりと着実に、そして楽しみながら。 最後に。 工法だけでは説明の付かない音の個性もあります。 アートの部分とも言えそうですが、その人間の個性に負うところも大きい。 技術と感性、その人の豊かな人間性を感じられる楽器、それが銘器と言われるものの条件なのかもしれません。 目に見えない部分ですが、そこも忘れてはいけない気がします…。

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東の果ての島国から来た若者に別け隔てなく教えてくれた名工ロマニリョスに感謝して筆を置くことにします。  最後までお付き合い頂いた皆さん、ありがとうございました。


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