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中野 潤 [Antonio de Torres 1858 FE08 <La Guitarra Cumbre> モデル製作レポート]

1858年トーレス41歳、セビリアで工房を構えていた第1期時代を代表する作品で最も手間暇をかけて製作された<La Guitarra Cumbre >FE08オーダー品の製作レポートを掲載致します。

Fe08は同年のセビリア博覧会に出品されブロンズ賞を受賞しています。
高度な製作の技法や製作家の形而上的な矜持まで求められる作品で、トーレス研究家のロマニリョス氏などがFe08のレプリカを製作していますが、ロマニリョス氏にお会いした時に
「再びFE08レプリカを製作したいと思ったんだが、体力的な問題で妻と相談してやめたよ」と仰っていました。
今回、FE08のレプリカを製作するための良材がやっとそろったこと、また、私も50半ばなので、おそらく最後のFE08レプリカ製作になるだろうとの思いから、この際どんなに製作が困難な作品なのかリポートを兼ねて、私自身の製作の足跡としてここに残したいと思います。

中野 潤

「隗(貝)より始めよう」  2020年1月

ロセッタ等に使う白蝶貝を母貝から加工し板にして、飾りを切り出しています。 糸鋸の歯を何本も交換しての作業です。
貝より始めました(笑)。

「ロセッタと駒の飾りの白蝶貝の加工 」  2020年2月1日

ロセッタと駒の飾りの白蝶貝の加工です。
この花?はなんだろうとずつと思ってましたが、犬と散歩の途中に近所の生垣の片隅に よく似た花を見つけました。スズランです。

ヨーロッパの高緯度地帯の植物ですが、実はスペインのシエラネバダ山あたりが南限で スペインにも辛うじて存在しているみたいです。トーレスはアンダルシア地方のアルメリア出身でシエラネバダ山のあるグラナダでも暮らしてましたから、この形状がスズランである可能性もありますね。確かめようがないのが残念ですが、いつかトーレスにお会いできたら 是非訊ねてみたいと思います。

「真珠母貝について 」  2020年2月8日

貝細工も台座に入れて終了です。
日本は真珠母貝を生産する国なので、簡単に白蝶貝が入手できますがアメリカ等は規制がかかって取引が難しくなってます。
1997年にあこや貝に病気が蔓延し絶滅しかかり、中国系のあこや貝に養殖を切り替えた様子。

以前のあこや貝よりも薄く丸みがあるので素材加工が難しくなってきてますね。
間違いなく温暖化の影響でしょう。

さて、貝細工はこの辺で次の装飾にかかります。

これが何になるのかは次回のお楽しみです。

「雷紋模様の製作」2020年2月17日

さてトーレスの初期の作品に使われていた雷紋模様の製作です。この模様の起源は中国であるのかギリシアであるのかわかりません。

ギリシアのパターンはこのようなパターンです。トーレスの雷紋模様はどちらかといえば中国起源の模様に近いですね。
スペインでトーレスの使うこの模様がどこか違うところに存在していないか探していたら、たまたまセビリアの古いバルの入り口の木彫が施された扉にありました。

ロマニリョスの著作に製作のメソッドの紹介がありますが、やってみるとそれほど簡単ではないです。

このパターンで木組みしますが、寸法を細く計算して仕上がりに誤差がないようにします。

どうしても木材であるので、仕上がりが均一でないものも出来てしまいますので、複数本を製作して出来の良いものを選びます。
ヘッドセンターとサイドとバックに使います。ちょうど金太郎飴のようにスライス。飾りの製作はまだまだ足りませんね。

「バルセロナの偉大な製作家ラウル・ヤゲ氏を偲んで」 2020年2月17日

トーレスの雷文模様で、ギリシャの飾りに近いものを見つけると同時に、バルセロナで知り合った製作家のラウル・ヤゲ氏のことを思い出しました。

残念ながら2014年に他界されましたが、スペインのギター製作家でも稀有な存在で数々のトーレスの楽器の修復にも尽力されていました。

双子で製作していたラウル兄弟の工房でギターを弾くサインス・デ・ラ・マーサ。
工房の入口のアール・デコ風の扉も彼らの作品です。

リョベートの墓前でカルロス・トレパット、
ステファノ・グランドーナ氏と

ラウル氏の製作したロセッタですが、説明しないとすごさがわかりませんね。
雷文模様をカーブのある形状にして、周辺のヘリングボーンも分断した矢になってます。


これは彼から頂いたのですが「Y」の字になっています。
ヤゲという姓のイニシャルだと笑って言ってました。
これも難しいですよ、製作してみれば。

象牙で自作した超ミニ鉋です。
お会いした時に一通り拝見させてもらいましたが
驚くほど小さいです。

私が製作したFE08をお逢いする以前に見ていたので、
ありがたく仕事仲間だと認識して頂いていました。


シンプリシオが使っていたトルナボスをプレゼントしてくれました。
多分、絞り技術で製作されていて継ぎ目のない真鍮のトルナボスです。

スペインでお世話になったり、知り合った製作家も結構他界されて寂しい限りですが、気を取り直して前進していきます。

「横板の象嵌製作」 2020年5月4日

黒檀とメイプルで横板の象嵌を製作します。
白黒の組みあわせパターンでそれぞれ接着
厚みを統一して組み合わせ、
間違いのないように接着します。
接着完了

薄くスライス。ざっと計算すると720/10.5=68.5、
68.5個を4倍(上下の2組)で274個必要になります。

「ロセッタ外周寄せ木細工」 2020年6月4日

  • ロセッタ飾りの外周の寄せ木細工です。

  • 小さなパーツから少しずつ必要な長さに足して伸ばします。

  • トーレスがよく使っていた十字が連続する典型的なパターンができました。
    典型的と言えどトーレスとそれをコピーしていたハウザーにより今の既視感につながっていますね。
  • さらに、トーレスが多分やってみたけど、費用対効果に乏しいのと難易度が高すぎたせいか、他の楽器にはあまり見かけないダイヤパターンの連続のラインを製作します。
    写真ではサラッと取り上げていますが、本当に地道な作業です。
  • 完成したダイヤパターンのラインです。

  • 話はそれますが、今時のギターでダブルトップタイプと呼ばれるものがあるのですが、スキンと呼ばれる極薄の表面板2枚の間にハニカムの特殊な構造物を挟み込んで接着して、一枚の表面板としています。ちょうどこんな感じなんですよ。一目瞭然なので紹介しました。(段ボール写真)

「ヘリングボーン 製作」 2020年9月13日

ギターの飾り装飾の基本のきの字、ニシン(ヘリング)の骨と俗に呼ばれる
矢羽根飾りを製作しました。
ギター製作家を名乗るならヘリングボーンくらい作れないと一端ではないと個人的には思います。

  • 何枚も黒く染色した突き板と白の突き板を用意します。

  • 慎重にそれぞれの突き板の厚みを出してから接着する組み合わせを揃えます。

  • それぞれ接着したものを用意

  • 角度をつけるために少しずつずらして接着します。

  • カンナの削りかすですが、ヘリングボーンに最終的にするには材料素材の廃棄率が半分くらいになってしまいそうです。
    恐ろしくエコではない飾りです。

  • 仕上がりです。製作してしまえばあまり楽器のイメージを決めるようなデザインでもなく地味なものですが、染色から始めると途方もない労力です。

  • 今回でほとんどの基本的な装飾の準備は終わりました。
    私としては此処まででも、やれやれなんですが当時のトーレスの偉業をこの手に感じつつ秋からの組み立てにかかりたいと思います。

「ロセッタ 製作」 2020年11月3日

さてお楽しみのギターの顔、ロセッタ製作です。
量産される楽器や大多数の製作家が自作のロセッタを製作しなくなったのは楽器の異常な需要があった時代を経ての変化だとは思いますが、楽器製作家を 名乗るなら、せめてロセッタは精度が悪く、デザインが気に入られなくても自作するべきだと思いますね。
トーレスの涙が出るような努力はレプリカを製作してみるとよくわかりますが、あの時代の工具、環境を思うと奇跡的にしか思えません。
19世紀ギター初期の作品もヨーロッパの名工たちの外連味のある意匠が素晴らしいですね。

  • それでは本題に入ります。
    まずは白蝶貝のセントラルモチーフ20個、チェック型のインレイ21個を台座に組み込みます。

  • 次は周囲のライン系の飾りです。
    外周から順番 黒0.6 白0.3 黒0.6 白0.3 ダイヤモンドモチーフ 白0.3 黒0.6 / 白0.3 黒0.35 ヘリングボーン 黒0.35 白0.3 黒0.6 白0.3 黒0.5 / 十字型 黒0.5 白0.3 黒0.6 白0.3 黒0.35 セントラルモチーフ /の順になりますが、それぞれを上手くパターン化して組み合わせます。

  • 数回に分けて周囲の飾りを入れていきます。揃えてしまえば上の写真のようになりますが、本数も想像以上に沢山必要です。
    例えば、0.6黒+0.3白をA / ダイヤモンド+0.3白をB / 0.35黒+0.3白をC / 0.5黒をD / 十字型+0.5黒をE /とすると、A+A+B+A+C+ヘリングボーン+C+A+D+E(十字型)+A+C+セントラルモチーフとFE08のパターンを読み取りました。
    ダイヤモンドパターンと十字パターン、ヘリングボーンの製作の辛さは以前レポートさせていただきました。

  • 少しずつでも前進ですね。
    トーレス第1期、セビリアで製作されていたFE(First Epoch)ナンバー(ロマニリョスが付けた呼称)の楽器は非常に凝ったロセッタデザインの楽器が多いのですが、こうしてレプリカを製作しているとデザイン的な発想の素晴らしさと、中途半端ではない仕事量には驚かされます。

「ヘッドインレイと裏板のセンター飾り 製作」 2020年12月3日

  • ヘッドインレイです。
    セントラルモチーフは側板のものと共通です。

  • 両サイドに菱形飾りが入ります。

  • 飾りを鉋で削るとこんな模様の薄いつき物がでます。
    使用しないので全て捨てることになりますが、勿体無いですね。

  • 裏板の飾り入れです。
    全て用意していたと思い込んでいましたが、不足している飾りがありましたので急遽追加製作しました。

  • 裏板のセンター飾り
    黒0.7白0.3黒0.7白0.3黒0.7と白1×1黒1.2×1の飾りとヘリングボーンの組み合わせにセンターが雷紋

  • センターの雷紋を向きを間違えないようにセットします。

  • 裏板ができました。

  • 裏板の厚みだしがおわったとこで、裏板の内側の割れどめを接着します。

「裏板の割れ止めと側板のインレイ 製作」 2021年2月9日

  • 裏板の割れ止めを合計4枚
    オーソドックスなセンター2枚合わせの裏板の場合、割れ止め1本で済みますが、4本は必要です。

  • 側板のインレイに取り掛かります。
    裏板のセンターモチーフと意匠は同じですが、ラインの幅が裏板と若干違います。

  • 側板の上下のインレイです。
    私は横10.5ミリサイズのピースで象嵌を用意しました。
    FE08の側板の長さが約690ミリなので690÷10.5=約66個一箇所に66個必要です。
    側板2枚で上下2箇所なので合計4ヶ所にインレイを入れなければなりません。66個×4箇所=264個必要でした。

  • 接着する用意ができました。
    一度組んだものを順番に外して、方向など間違いのないように確認してから膠で接着します。

  • 側板のインレイが済み、厚みサイズを出します。

  • 側板を熱で曲げます。
    インレイと側板が熱で剥がれないように和紙を側板を包むように張り付けて熱加工に備えます。

「トーレスによるギターの革命 〜モダンギターはここから始まった〜 」 2021年3月11日

ロマンティック(19世紀)ギターからスペインクラシックギターの画期的な移行はトーレスと師匠パヘスによりグラナダで生み出されました。
ヨーロッパのロマンティックギターはリュート的な横方向のバスバーの配置設計がスペイン以外の国では主流でしたが、スペインで当時作られたギターの中には縦方向に扇状にバスバー(力木)を配置したものもありました。
トーレスはその扇状に配置するバスバーの本数変更や、トルナボスを装着するために生まれた眼鏡橋状のくり抜かれたハーモニクスバーで低音域の音量を増大することに成功して現代のクラシックギターの礎を築きました。
 
トルナボスとは一般的に共鳴筒と訳されたりしていますが、スペイン語のTornar (変化させる)とVoz(声)とを合わせたTornavozという造語なのでTornavoz=変声筒と訳した方が正確かもしれません。

  • トルナボスは主に金属で作られた筒状のものです。
    向かって左はバルセロナで製作家のラウル・ヤゲス氏から頂いた、シンプリシオ工房のために製作されたトルナボス。右は銅製の当方で製作したトルナボスです。

「トーレスとトルナボス〜 なぜそれを思いついたのか?〜 」 2021年3月12日

トルナボスの効果はバスレフ方式のスピーカーボックスと似たところがあり、筒を通して低音域の位相を反転させて前面に出すことで低域の音量を増大することができます。

  • ギターの駒をスピーカー本体として考えれば、トルナボスはバスレフタイプスピーカーボックスのダクトになります。

    この様にトルナボスの効果についてはバスレフ型スピーカーで説明するのが一番わかりやすいのですが、実はバスレフシステムが生まれたのが20世紀に入ってからですのでトーレスの時代にはもちろん存在していません。
    ですからトーレスはスピーカーから発想したのではなく違うものから想起したと考えられます。

  • 例えばバロックギター等のサウンドホールにはパーチメント(羊皮紙)で作られた、教会の内側から見た天蓋装飾を想起させる様な、立体的な飾りがつけられています。

    そこで、これが発想の原点となったトルナボスの一種ではないかとおっしゃる方もいますが、パーチメントは共振というよりは空気の流速の整流効果を期待させるもので、共振という発想ではなさそうです。

    但し余談となりますが、ハウザー1世がトーレスに影響されて製作したパーチメント製筒状トルナボスの作品もありましたし、私も羊皮紙のトルナボスギターを数本製作したことがありますが、トルナボス効果はあります。
    トルナボス効果にご興味がある方はケント紙などで簡単に筒を作ってサウンドホールにテープで固定すると音の変化を感じることができますのでお試しください。

  • 一方楽器にホーンを着けて音量を増大させようという発明も19世紀末にされました。
    シュトロー・バイオリンというものですが、音量と蓄音機の発明で指向性の高い楽器が求められたゆえの楽器です。20世紀の初等の録音には名手達も朝顔付きの楽器を使用して録音したようです。

  • この朝顔ラッパで音量を稼ぐという発想は蓄音器にも取り入れられましたが、エジソンが蓄音機を1877年に発明して商品化され普及したのが1897年ごろですので、トーレスがトルナ ボスを考案した事と、この発明の関連性は無かったと推察できます。

    ただし、大きな音量は古代の角笛から金属製の管楽器までに共通する、ホーン形状の筒によりもたらされると経験的に人類はわかっていましたから、トーレスと師匠パへスがホーン形状の筒をギターに取り付けてみたいと(ずいぶん奇妙な発想ですが)考えたことは想像に難くありません。

    そして実際に内部に取り付けて製作してみたところ、偶然ではありますが「ヘルムホルツ効果」の共鳴効果を強く生みだしたと考えられます。

    トーレスが音量をもっと得たいという理由からトルナボスに行き着き、そのために金属ホーンを利用したのは間違いなさそうです。

「ヘルムホルツ効果とは?」2021年3月12日

19世紀の天才物理学者でヘルムホルツが考察した原理で、簡単に解説すると、首の長い瓶などに空気を良い角度で吹きこむと共鳴して瓶が音を出して鳴ります。
子供の頃によくジュースの瓶で音を出して遊ばれたと思います。
水などを入れて容積を変えると音程も変化しますね。
原理としたら、共鳴する容器の外から内部に空気の圧力をかけると容器が圧力で膨張し、容器は元の大きさに戻ろうとします。この時に空気を吐き出すのですが、空気の復元力でまた空気が内部に圧縮されて取り込まれ、再び膨張し吐き出すという運動を起こします。
この時に容器を大きく振動させて音を発生させます。
バスレフ型スピーカーのダクト、トルナボスもヘルムホルツ効果で振幅し音として変化させています。

ギターはサウンドホールがありますのでヘルムホルツ効果を知らないうちに起こしています。
箱鳴りのウルフトーンについては様々な意見がありますが、ヘルムホルツ効果で生じているウルフトーンもあると考えられます。
ギターの側板上部に穴を空けた楽器がありますが、ヘルムホルツ効果による空気圧力の出し入れをサウンドホールだけでなく複数にして、特定の共振をマイルドに平均化させる効果があります。
特に低音はスッキリとした音になります。

  • 工房にあった廉価な楽器で試験的に穴を空けてみました。

「トーレスとトルナボス〜 その実例と変遷〜 」 2021年3月12日

  • トーレスFE 08レプリカモデルに装着されている銀で製作したトルナボスです。
    (よくアルミ製だと間違えられますが、当時はアルミはありませんでしたし、アルミは打ち抜きできません。)

    さて初期のFE08やレオナなどは3番目のハーモニクスバーがありませんでした。
    その為、そのままでは駒からのマイナスの応力でサウンドホール側が内側に潰れてしまいますのでトルナボスに支柱を3箇所に置いて力を受け止めていました。

    しかし、トルナボスを支柱で裏板と繋げてしまうと、筒の振幅がほとんどなくなってしまいます。

  • そこで天才トーレスは3番目にハーモニクスバーを取り付けましたが、3点のみで支えることを発想しました。
    これでトルナボスの振幅が自由になり、より低音域を再生することができるようになりました。

    その結果、初期中期にはトルナボス付きの楽器をトーレスは製作しましたが、トルナボスが無くても、豊かな低音をこの特殊な形状の3番目のハーモニクスバーで生み出せることを発見し、後期はトルナボスを取り外しました。

  • この構造はマヌエルラミレス、ホセラミレス、ブーシェ、ハウザー等に取り入られました。
    3番目のトランスバーの形状に注目してください。

  • バスバーは、材料のトウヒを柾目取りするために斧で年輪に沿って割ります。

  • 年輪に直角にさらに斧で割ります。これでパーフェクトな柾目材ができます。

  • 今回のFE08はトルナボス無しで製作しています。


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