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田邊雅啓 第3話

田邊雅啓③(Guitarra Española ~受け継がれていく伝統~)

 

一方でユニークな一面も見せる。スクレーパーの刃の付け方の講義には、一つ一つ真面目に作業を示していたと思ったら、ニヤッとして、

「私の世界で一番大事なものは妻だが、2番目は何だと思う?」

「(スクレーパーを目の前に掲げ)このスクレーパーだ!」それぐらい便利だ。

またVジョイントの講義の時は、作業を示そうとするけれど、もちろんすぐには終わらない。

「一日だって、かかることもあるんだ!」

みんなも作業も見ていたが次第にそれぞれ作業に戻り、一人接合を仕上げ続けるロマニリョス。

約1時間後に雄叫びのような大きな声で「完成!」と一人でガッツポーズ!

みんなも手を止めて、拍手喝采だ。

他にもトルナボスの仕組みや、ガイドラインに示してあった約束通り全てに於ける製作工程を順次紹介し講義してくれた。

 

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リアムのアシスタントも有り難かった。常にマエストロに敬意を表し、具体的なフォローは皆引き受け、できる限りの丁寧な対応をしてくれた。それでも皆がうまく作業しているときなど手が空いた時、何かデザインをメモ書きしていて、「新しいロゼッタのデザインを考えているんだ。」とのこと。彼もまた常により良いギターのことを考えている。

そして忙しい最中に車を用意して皆をロマニリョスの自宅兼工房に招待し、工房の様子やギターのコレクションを見せてくれた。その中には例の小さめのトーレスもあった。

 

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あるいはロマニリョスの製作過程をドキュメンタリーにしたビデオも見せてくれた。イギリスの牧歌的な田園風景の中、製作と真摯に向き合い理想の音色を希求するロマニリョスがそこにいた。

 

 

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講習会半ばには彼を慕うゲルハルト・オルディゲスがアシスタントとして合流し、トビアス・ブラウンも駆けつけてくれ、さらに盛り上がりをみせた。最終的には、過去の講習会に参加経験がありネック等あらかじめ準備をしてきたイギリス人の二人が目標の木地での完成までこぎつけ、弦を張り音を出せた。残りの講習生全員もギターのかたちの太鼓まで到達し、穴から出てくる太鼓の余韻に酔いしれ満足していた。講習者が仕上げたギターの表板の裏側やラベルには、マエストロとリアンのサインが記されている。

 

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こうして夢のような講習会が幕を閉じた。ロマニリョスという名工の下、世界各国から集まった素敵な仲間たち。作品を作っているときや仕上がったときの、彼らの楽しそうな生き生きとした目が忘れられない。

我々は音楽を楽しむための楽器を作っているのだ。

 

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そして、我々はホセ・ルイス・ロマニリョスとリアム・ロマニリョスのおかげで、伝統的なスペイン工法の本質を、ロマニリョスの製作技法を、体験することができた。彼が40年近く独学で積み重ね深く理解していった技術を、包み隠さず惜しげもなく、出来うるすべてのかたちで提供してくれた。非常に価値ある2週間だった。ここで得た経験は我々の製作の柱となり、ここで得た思い出は我々の糧となろう。ギター製作を通して人生を彩ってくれた二人に感謝しきれない。おかげで私は講習以来スパニッシュギターの虜になった。

 

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最後になるが、今回の講習は企画立案からすべて本人とリアムに拠るものである。講義を計画しガイドラインを作り、募集からすべての準備、機械の搬入、作業台や型などの作成にしても気が遠くなるほどの労力だ。そこまでして自分が積み上げてきた技術を伝承しようとするのは、ロマニリョスのスパニッシュギターに対する熱い思いにほかならない。

もっと多くの人にスパニッシュギターの、温かみのある音色の良さを知ってもらいたい、そうしたスパニッシュギターを製作してもらいたい。

一方でロマニリョスは、山を越え海を跨ぎギターが広まったのは良いけれど、それぞれの国で作られるギターはいささかスペインの伝統的な音色・製作からかけ離れているという懸念を抱いている。スパニッシュギターそのものや製作の歴史研究家でもあるロマニリョスは、その素晴らしさを広く伝え、伝統を守りたいという願いから、今までに何十回と講習会を開いた。時には頼まれ、時には今回のように自ら進んで。

一つでも多くのロマニリョスの技術が伝承され、一本でも多くの本格的なスパニッシュギターが製作され、できる限り多くの人にスパニッシュギターの音色が届くことを祈る。それがマエストロ、ホセ・ルイス・ロマニリョスの願いだから。

 

終わり

第2話


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