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製作の過程 / 尾野 薫 工房にて  終わりに

昔、指し物の道に進んだ友人から、『同じような物ばかり作っていて、飽きないの?』と言われた事があります。確かに、人から見ればそう見えるかも知れません。木には不思議な魅力があり、木工作業にも楽しみがあります。色々な デザインの箱や家具を作るのも楽しい事ですが、箱に弦を張れば、音が出て、音楽が生まれるという、ギターには、もう一つの世界があります。

一台のギターを弾く時、出てくる音色の特徴を聞きます。これは多数のギターを弾き比べることで、少しずつわかってきます。そして、そのギターが新しいなら、弾き込みでどんな音色になっていくか想像します。また、そのギターが 充分弾き込まれている時は、出来上がったばかりの時の音を想像します。本当はどうなったのか、どうだったのか、確認するのは難しいですが、想像するのは大事な事だと思っています。個人的にはもうひとつ大事だと思っている事があります。そ れはギターを、弦、ナット、サドル、糸巻きをはずした状態で叩き、ギターそのものの振動を感じる事です。叩くことをタッピングと言います。親指の腹を使ったり、ドアをノックするようにして叩きます。タッピングの音で、高い、低い、硬い、軟らかい、立ち上がりの速さ、伝わりの速さなどを聞き、どのくらい軟らかいのか、どんなふうに軟らかいのかを感じます。色々なギターをタッピングすると、そのギターの振動の特徴が判ってきます。構造や重さ等の、他の 要素も参考にして、振動の特徴と音色の特徴を結びつけます。これはかなり曖昧なもので、板の振動から実際の音色の細部までは判りません。でも、ある程度イメージが繋がります。
表板の選別の時にも、ねじったり、曲げたり、タッピングしたりします。この時も、出来上がったギターの振動との繋がりをイメージします。構造、工法を同じに作っても、出来上がりの振動が違うのは、材料の振動の違いに起因する可能性があります。何台も同じように作り続けると、ある程度イメージが繋がります。また似たような材料で、力木のシステムだけ変えて作ってみて、出来上がりの振動に差があれば、それがシステムの特徴になります。同様に、板厚や、力木の削り、塗装、工法などの影響をイメージしていきます。これらは、同じ材料が二枚とない事や、正確に同じ寸法には作れませんから、はっきり答えが出ない、曖昧なイメージの積み重ねでしかありません。しかし音作りの手掛かりは、この振動の中にあります。
楽器の善し悪しは、最終的に演奏家が判断する事だと思います。スペインでは、制作家と演奏家が深く結びついてい て、よい演奏家のアドバイスがあります。名器を作る製作者の影には、いつもいい演奏家がいます。これは独り善がりな楽器を作らないためにも必要な事だと思います。制作家が演奏家の求める音色に近づけようとするとき、具体的にどこをどう変えるか決めなければなりませんが、イメージがないと手も足も出ません。ギター作りの楽しみは、振動の変化を感じながら、もつれたイメージを解きほぐし、試行錯誤をくりかえし、求めた音色に近づけていくところにもあります。


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