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13.マヌエル・カセレス工房

 到着から一夜明けて、少し小雨の降る中、マヌエル・カセレス工房を訪ねる。彼はGuitarreria(ギタレリア:ギターショップ)としてお店を構えていて、その奥で製作している。看板は掲げているが、販売の方はほぼ休業中といった印象で、カセレスが製作したものだろうか、埃をかぶった民族楽器風の小さなギターがお愛想程度にショーウインドーに飾ってあるだけである。(ちなみに4年前も同じ) その面構えは、ギター製作家の店というよりは老舗の仕立屋といった風情で、今にもメジャーを首に引っ掛けた店主が出てきそうだ。昼間でも電気をつけないと暗い北向きの店の中をのぞくと、奥で青々とした蛍光灯にくっきりと照らし出され、お決まりのブルーコートに身を包み(マドリッ子はエプロンとかしないのだ)、カセレスが製作していた。

 中に入った我々に目をとめると、にこやかに再会を喜び、握手と熱い抱擁をして近況や製作状況を語り合う。変わったことといえば、フランクフルトで行われたメッセ(楽器フェア)に出展したようだ。アマリア・ラミレスが音頭をとり、カセレス達が代表で出向いたらしい。ロマニリョスも危惧していたが、全世界でクラシックギターが製作されるようになり、伝統的なスパニッシュギターを認知する機会が減ってきている。その価値を見直すためにもこういったフェアに出展し、改めて目に触れる機会をつくることは大切なことだと思う。その後買い付けの話も済ませて、カセレスの楽器を買ったお客様のために用意した色紙にサインをもらう。

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 それを待つ間、彼の工房を眺める。所々に製作途中の部品が並んでいる。半加工しておいて、その状態で寝かすのだ。それぞれ10や20はあろうか。暗く高い天井には、中央で接ぎされ、ギターの形に仮整型された表板や裏板が何枚も吊るされ、力木が貼られて太鼓にされるのを今か今かと待っている。大きな壁には何段もの棚が取り付けられ、高い棚には比較的早い時期に買った材料が桟積みされて置いてあり、購入年月を書いた紙が貼られている。低い棚には半加工された部材などが一目でわかるように積み上げられている。作業台を囲む手の届く壁には、型や冶具が沢山掛けられ、額に入れられた賞状も見える。腰下高さには白いパネルヒーターが取り付けられ、ちりちりと熱を放射し、石床の工房を暖めている。作業台の脇にもちょっとした冷蔵庫ぐらいの大きさはあるガスストーブが置かれ、種火で点いている。その脇にはオレンジ色のガスボンベが鎮座していて、かさばることこの上なしだが、このストーヴが北向きのこの工房では接着と底冷えする冬場にものを言う。

 サインも頂いた後、譲ってもらう約束のビウダ・デ・サントスを見せてもらう。(最終的に入手できなかったが) 調整し弦も交換すれば、いい音が出そうだ。
「ちゃんと調整しろよ」と微笑んで僕を見る。
材料の譲り受けを打診したら、表板材ならかなり持っているので了解とのこと。
「あそこにあるヤツでよければいいよ」
山積みされた表板材を指差して言った。そうこうしているうちに、ギターケースを片手に馴染みの客であろうか、店に現れたので、また改めて材料の選別する約束をして工房を後にする。カセレスは現在アルカンヘルの製作の手伝いをしているので、夕方にはアルカンヘルの所でまた会えるだろう。

 その後滞在中はホテルが近いこともあり、何度となく訪ねた。彼が朝焼けの中、深いグリーンのワーゲンのセダンに乗って悠々と現れた時も、製作に一息ついた時も、彼の馴染みの工房近くのバルで一緒にカフェ・コン・レチェを飲んだ。約束どおり表板の選別をさせてもらったし、スペイン式製作でよく使われるC型クランプや木製の圧締具、膠などの情報も快く教えてくれた。アルカンヘルの工房で会った際には、いつも鼻歌交じりに製作を手伝っていて、僕を見つけるとニヤリと笑い、手に持っていた長くて大きい金属ヤスリをバトンのように空中で回転させていた(アルカンヘルの楽器の脇で!)

 人が良くて明朗、控えめながら小粋なマドリッドの製作家、それが僕の感じたマヌエル・カセレスである。

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