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REPORT:「対話と演奏」 Vol.6: ~伝統への憧憬~ 2017年4月23日 コンサートレポート②

対話と演奏 Vol.5 ~伝統への憧憬~ 2017年4月23日

第二部 対談 アルベルト・ネジメ・オーノ×尾野薫

「クラシックギターにとっての伝統とは何か」をテーマに2部構成でお送りしたサロンコンサート。

第一部では現在注目の若手ギタリスト 林祥太郎氏を迎え古典から現代までのレパートリーを、二人の製作家の新作をそれぞれ使用して演奏していただいた。ここで使用された楽器は、続く第二部で対談をお願いしたアルベルト・ネジメ・オーノ氏と尾野薫氏の製作したものである。

まさしく伝統への憧憬の中からモダンなものへの鋭い眼差しを向ける林氏の演奏において、この二人の製作家の類まれな力量と完成度とが示され、その表情豊かな音色を体感できる機会となった。

伝統というものがある種の新鮮さをもって受け入れられ、伝統とモダンという2項対立をあっさりと跳び越えるようにして、現在国内では二人以外でも伝統工法による製作を標榜する瞠目すべき才能が何人もあらわれるようになった。それはもはや西欧のギターに対して邦人製作家によるギターはどうしても劣っているという、これまで払拭し切れなかった思いを完全に覆すほどの充実ぶりである。

今回の「対話と演奏」のテーマ 伝統工法とは何か という問いを発するとき対談する二人が迷うことなくその出発点に挙げた製作家がやはりアントニオ・デ・トーレス(1817~1892)だ。以下当日の対談からの抜粋を紹介する。

*レポート1を呼んでいない方は、こちらからご確認いただけます。

<スパニッシュギターの真髄>

  1980年代あたりからグレッグ・スモールマンやマティアス・ダマンといったいわゆるモダンギターの世界的流行が始まり、それはいまでも続いているとも言えるのですが、ここにきていわゆる伝統的なギターのほうに製作家も演奏家も回帰し始めているような現象が起きています。では今回のテーマとして掲げた「伝統工法」とは一体何かということを考えるとき、ギターと言っても長い歴史があるわけですから、なにをもって伝統的とするかの出発点が必要となります。お二人にとってはまずそれはアントニオ・デ・トーレスのギターであると言ってよいと思います。

尾野:トーレスから始まり、ホセとマヌエルのラミレス兄弟とその弟子たち、ヘルマン・ハウザー1世から第2次大戦後のラミレス3世が出てくるあたりまでのスペインギターの流れですね。ハウザーはもちろんドイツ人ですが、セゴビアを介してトーレスを受容しているから、この流れに当てはまる。
   
 それらのギターの起点となるトーレスとはどのようなギターだったのでしょう。

尾野:楽器としての特徴、つまりそれまでのギターと決定的に違う点としてはボディ容量増、弦長を長めにとって、内部構造は扇状に力木を配置し、ウルフトーンは低めに設定されています。実際にはトーレス本人は顧客に合わせて様々なタイプのギターを造ったようですので統一感に欠ける部分もあるのですが。
   
 それによってギターは音量が増大し、遠達性が向上するとともに、実に多彩な音色表現もできるようになったわけですね。

尾野:さっき話に出た「ウルフトーン」の位置というのは重要で、これはネジメさんから教えてもらったことなんだけど、誰々のギターを弾いたよと言うと、ネジメさんは「ウルフトーンはどの音だった?」って聞くのね。「えっ、ウルフトーン?」って最初は思って、そんなの気にしたことなかったから、でもこれが製作するうえでも、また完成したギターの音質を見極めるうえでも重要な一要素だとわかったの。
   
 ウルフトーンというのは楽器個々が持つ固有振動のことですが、ちなみにお二人のギターはどこに設定されておられるのですか。

ネジメ:僕はG(ソ)ですね。

尾野:僕はG#(ソ#)前後

ネジメ:僕はいま話のあったトーレスからの流れで言えば、1930年代くらいの楽器が一番好きで、つまりマヌエル・ラミレスの弟子たち、サントス・エルナンデスやドミンゴ・エステソからマルセロ・バルベロ1世あたりまでだけど、それらはそれ以前の時代の製作家とも以後の製作家とも違うもので、独特のいい味わいがあった。彼らの楽器がだいたいやはりGにウルフトーンを設定して作られていたんだよね。

尾野:トーレスもGだし、これはその時代ギターといえばフラメンコの伴奏楽器としての役割が大きかったから、重心が低くて乾いた音のするギターが好まれたということがあると思う。ウルフトーンの位置はその後時代を経るにしたがって上がっていく傾向にあった。ウルフトーンが高い位置になると音のサスティーンが増し、また音に強さが加わる。
それはセゴビアの登場によって大きなコンサートホールでの演奏需要が増えたことによる時代のニーズだったのかもしれない。1930年代のハウザー1世はGが多かったけど、2世以降、60年代のホセ・ラミレスに至るまで、ウルフトーンはAに近くなってゆく。
   
<アントニオ・マリンとの出会い>

 ここで若干スピンオフというか、フランスにロベール・ブーシェ(1898~1986)という製作家が現れます。

ネジメ:ブーシェについては尾野さんに語って頂くのがよいでしょう。

尾野:この人はもともと製作家でも何でもなくて、画家だった人なんだけど、スペインからフランスにやってきた製作家のフリアン・ゴメス・ラミレスや、例のイダ・プレスティの演奏とかに影響受けて、自分でもギターを作ろうと思うわけね。戦後すぐくらいから50年代なかばまでの初期は完全に、といっても若干違うけど、トーレスのコピー。それからだんだん表面板が厚くなって最後には力木の数も増えていくんだけど、構造的な特徴としては表面板のボディ内側、駒板の部分に、駒板に沿うように横に太いバーを配置したこと。音の特徴はオルガンみたいな重厚な響き。

 ブーシェはスペイン人のフリアン・ゴメス・ラミレスよりギター製作を学んだとされますが、そのブーシェから直接薫陶を受けた製作家にスペイン、グラナダのアントニオ・マリンがいます。この二人が出会うのが1977年で、ネジメさんは1979年にマリンのもとに行って師事しておられます。
 
ネジメ:実際に二人はとても仲が良くて、僕がグラナダに滞在中もあの二人で旅行に行っちゃって、ホセ(・マリン・プラスエロ)と僕が留守番してたこともありました。アントニオとブーシェはその時も何本か製作していました。

 マリンはブーシェから直接指導を受けたわけではなく、助言とインスピレーションを与えられたとしている人もいるようですが、実際はどうなのでしょう。
 
ネジメ:直接指導を受けていましたね。しかしマリンはよく言われているようにブーシェと会う以前と以後で大きく変化はするものの、ブーシェに似ているというわけではないんですね。マリンの楽器は完全にオリジナルな個性を持っています。構造的にはブーシェの例の駒下のバー配置などは踏襲していますけれどもね。

尾野:ネジメさんがスペインから日本に持ち帰ってきて、実はそれまで意識的にされていなかった製作上の特徴は、膠を接着剤として使用していることだと思う。膠はいわゆる天然系のものだけども、実際日本では合成系の接着剤がほとんどの場合に使用されてきていて、音や響きにも影響は当然あると思う。
   
 お二人は膠をどこで購入されているのですか?

ネジメ・尾野:日本画の専門店ですね

 良質な膠が手に入るのですね。

ネジメ:昔そのお店で膠を購入しようとしたらまとめ売りしかしてなくて、何十キログラムっていう巨大な塊になった膠を買わされたことがある(笑)。最近ようやくだいぶ減ってきて、もう少しで終わるよ(笑)。
    

ダンギターについて>

 今回の伝統工法とは何かというテーマを考えたときに、やはり対立するタームとしてラティスブレーシング(格子状力木)やダブルトップ構造といった新しい発想で作られたモダンギターがあります。
 
尾野:例えばスモールマンの発明した格子状の力木の効果というものを考えるとき、ボディ全体の構造から考察する必要がある。彼の楽器は横裏板を厚く加工し表面板をぎりぎりまで薄く加工している。これはいわばスピーカーと同じ原理だ。その結果非常に大きな音と早いレスポンスが得られる。
   
 その薄い表面板を万遍なく振動させるためのシステムとして格子状に張りめぐらされた力木構造が採用されたということですね。
 
尾野:またダブルトップというのはNOMEXというDuPont社が開発した特殊な繊維を蜂の巣状に加工したシートを、2枚の表面板でサンドイッチ状に挟んで1枚としたものを表面板に使用したギターのことだけど、これも大きな音と早いレスポンスが特徴。
   
 これら代表的な2つのギター構造を考えるとき、圧倒的に豊かな音量と、デッドポイントがほとんど分からなくなるほどの均質な音のバランス、早いレスポンスなど、特に他楽器とのアンサンブルや広いコンサートホールでの演奏ではかなりの効果を発揮したと思いますが、音色に関してはやや大味になった気がします。
 
尾野:僕らが伝統工法にこだわるのと同時にこういったモダンタイプのギターを製作しない理由としては、修理できない楽器は作らない、ということがある。ラティス構造にしてもダブルトップ構造にしても、その原理上、例えば割れなどが生じた場合でも非常に修復が難しい。作った本人はその辺りもしかしたら円満に解決しているかもしれないけれど。さっきの膠を接着剤に使用することも、これと関係がある、膠は熱を加えると溶けるので大がかりな調整の際にも比較的容易に対応できるわけ。
   
 実際スモールマンの表面板を割ってしまった人が、製作家本人に修理を頼んだら表面板をまるごと交換になったそうです。
 

自身の製作について>

 ここでお二人のギターについてそれぞれ語って頂きたいのですが、

ネジメ:難しい質問ですね~。僕、自分がどんなギターを作ったかなんて忘れちゃうんですよ。出来上がって、それが買っていただいた方のところにゆけば、あとはその人次第。ギターを作るときには、もちろんある音のイメージを描きながら製作するわけなのですが、使用する木材や、その時々の感触によって、こちらの感性にしたがって仕上げていくわけなので、当然毎回違う楽器になる。こんなこと言っちゃうといけないのかもしれないけど、あ~イマイチだったな、って時もあるし(笑)
    
 一応お二人の楽器を取り扱っているショップの立場から補足させていただくと(笑)、お二人の楽器は いつでも最高水準の仕上がりで納品されておりますのでご安心ください(笑)。尾野さんは現在アウラではハウザー、ロマニリョス、ブーシェ、トーレスのモデルを取り扱いさせていただいているのですが、それぞれのモデルにおいてその着地点として想定されておられるのはどういったところでしょうか。
 
尾野:まず使用する材を、ボディに組み立てていくまえの板の状態で叩いて音を確認する。同じ材でも板にはそれぞれ固有の音があるから、その音を聞いて、最終的に楽器として完成した時に同じように板を叩いた時の音をイメージする。製作家はもちろん自分でどの材を使用するかを決めるわけだから、例えばハウザーどんな材を選んでどのような最終形をイメージして実際どのようにそこに完成させていくかというのを、我々はやはり彼の楽器の音を確認しながら想像する。最終的な着地点をどこに定めるかというそれぞれの製作家が踏んだプロセスを、僕はそれぞれのモデルを作る際に実際に当てはめていく。もちろんそれぞれのモデルは例えばブーシェモデルならブーシェの特徴的な構造なり形状なりを踏襲しているけども、やはりそれだけではだめで、音色や音響を決定する作業が意識的に行われなくちゃいけない。
   
<伝統工法の魅力とは>

 歴史や構造的な特徴から伝統工法による楽器について語っていただきましたが、やはりその魅力というのは、何といってもその音色だと言えると思います。
 
 ネジメ:そういうことだと思います。

 尾野:音色について語るのはとても難しいけども。

 長い間モダンギターを使用していたギタリストが伝統的な製法に基づいたギターに持ちかえるという現象が起き始めています。ギターは直接指で弦に触れて音を出す楽器なので、その指先の微妙な変化が音色の変化としていかに繊細な反応をするかが重要なのですが、このタッチに対する鋭敏で繊細な反応と、音楽的な表情の豊かさにおいて、今日お話し頂いたギターというのは、やはり非常な高みに達したのではないか。
 
そしてそれらのギターの本質的な部分を受け継ぎつつ、新たな感性を感じさせる世界的なレベルで見ても才能豊かな製作家がこの日本でも出てきている。お二人が築きあげたともいえる道筋にとだえることなく後継者が生まれてきている今日の状況は慶賀すべきことではないか、というひとまずの結論で会を閉じたいと思います。
 
本日は皆様お越しいただき有難うございました。

(吉田史郎)

 

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