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REPORT:「対話と演奏」 Vol.6: ~伝統への憧憬~ 2017年4月23日 コンサートレポート①

ラシックギターの「伝統」とは何か。

このような問いを発さねばならないほどに、いま演奏、作曲、そして楽器製作において多彩ともいえる様相を呈し始めています。
ギタリストのテクニックは格段に向上し、ギターのために作られた曲も多く、新たなスタンダードとなる楽曲も増えている昨今。
斜陽と言われ続けてきたこのジャンルですが、決して途絶えることなく受け継がれ、新しい感覚を持つ人たちをも魅了するような何かを有していることは間違いないでしょう。

クラシックギター製作においてもそれは同様に言えます。
「小さなオーケストラ」とベートーベンに言わしめ(たとされる)、たった6本の弦で一人の奏者によって奏でられるギター。
順に音を出していくしかできないこの不完全な楽器が、どうしてこのような魅力的な音楽を創り出すことができるのか、詩人ボードレールをも魅了したギター。
そしてその「不完全さ」を克服しようと、特に20世紀後半以降のギター製作は様々な試みを実践し、成功させ、多くのギタリストたちを刺激してきました。

しかしそれら新しいタイプの楽器がコンサート、レコーディングなどで使用され、我々の耳になじんでくるにつれて、ある違和感も同時に湧き上がってきます。
それは、「ギターにとって本当に美しい響きとは何だろう」という問いにつながり、その答えを見つけるためのキーワードとして「伝統」という言葉が真っ先に思い浮かんだのです。
それは決して古いものに回帰するということではなく、本質を見極めるという、音楽を演奏したり聴いたりするうえでの必然的な欲求と言えるのではないでしょうか。

今回のベントは、演奏とギター製作の両方で、この問いに一つの道筋をつけるとともに、ギターとその音楽を存分に楽しんでいただこうという趣向で企画されたものです。

第一部は昨年2016年のサロンコンサートに続き2回目の登場となる林祥太郎氏のソロギターリサイタル。


第二部は二人の製作家 アルベルト・ネジメ・オーノ氏と尾野薫氏の対談でギター製作における「伝統工法とは何か」というテーマに沿って語っていただいた。

第一部 林祥太郎ソロギターリサイタル

演奏曲目
使用楽器:尾野薫 ロマニリョスモデル 2017年


①サルバドール・ブロトンズ 「二つの提案」より バラード
②ヨハン・カスパル・メルツ  愛の歌
③フェデリコ・モンポウ   「コンポステラ組曲」より 前奏曲、歌
④フランシスコ・タレガ    グランワルツ
⑤アグスティン・バリオス   ワルツ第3番

前半は尾野薫氏の新作ロマニリョスモデルを用いての演奏。一曲目に現代曲をプログラムするあたり、今回のコンセプトに対する林氏の強い意図を感じ取れる。
優れた現代曲の多くがそうであるように、響きの透徹さ、音色の深いニュアンスが求められるこの楽曲において、ゆったり進みながらいささかも間然とすることのない演奏。
続くメルツではがらっと変わって19世紀ウィーンのロマンティックで華やかな音楽。
この2曲ではその対象的な色彩感を見事に弾き分けた演奏となった。

3曲目のモンポウの演奏の前には林氏が留学中の「苦い」体験から、雨の印象が語られ、それがあの美しい前奏曲につながる。
音の粒が際立ち、よどみなく流れながら大きく振幅してゆく表現。

4曲目と5曲目は名ギタリスト兼作曲家の2大巨頭ともいえるタレガとバリオスの、それぞれ代表的なワルツを演奏。
林氏はどんな形式の曲でも十全に弾き切る達者な腕前のギタリストだが、このような伝統的な形式にのっとった舞曲を演奏しても実に巧い。
冴えたリズムと歌とが絶妙に揺れ合いながら進んでゆく。

タレガのグランワルツ紹介では再び渡欧中の楽しいエピソードが語られる。
現地の人たちの使う携帯着メロに採用されている音楽に聴き覚えがあるが、何の曲だか思い出せない。
あまりに頻繁に聴かされるので着メロとして現地ではさぞスタンダードな曲なのだろう、しかし何の曲か思い出せない。
後日それは判明してなんとタレガのグランワルツの一節だと気づくのだが、それにしてもスペイン以外のヨーロッパ国で、しかも「超有名」というわけでもない曲の一節が使われているとは。と言って
林氏がその時使っていた携帯電話を取り出し、実際に着信音を鳴らせて会場の人たちに聴かせる場面も。

ここまでが尾野氏のギターを使用しての演奏。
際立つのはその一つ一つの音像の透徹さと全体のすぐれたバランス、そしてその美音だろう。
硬質でやや粘りを持った響きが曲の表現に応じて多彩に変化し、林氏の卓越した表現力に十全に応えていた。

後半のプログラムは以下の通り
使用楽器:アルベルト・ネジメ・オーノ アウラオリジナルモデル 2017年

①アグスティン・バリオス  パラグアイ舞曲第一番
②フランシスコ・タレガ   スエーニョ
③レオ・ブローウェル    「ソナタ」より2、3楽章
④レヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサ  ロンデーニャ

使用楽器はアルベルト・ネジメ・オーノ新作オリジナルモデル。
響きは重厚濃密で、音色は明るくしかし渋い味わいも同時に感じられる。
実に艶やかで色彩感があり、木のぬくもりが感じられる、魅力的な楽器である。

1曲目と2曲目にやはりバリオスとタレガの、今度は性質の異なる舞曲をプログラム。
ギターを持ちかえた途端に開始されたパラグアイ舞曲は、爽快なドライブ感で弾き切り、続くタレガの小品はその小さな音楽の中に凝縮された音楽の充実をさりげなく表現。

そしてブローウェル。
第三楽章は林氏のタッチが冴え渡る。早いパッセージが続く中で、この幻想的で激しい音楽を表現してゆくのは至難の業だが、申し分なく大きな振幅を伴った演奏で、今回のプログラム中の白眉とも言える演奏になった。
ネジメ氏のギターはこの曲の幻想性を一層際立たせる、深い表情をもって響き、氏の楽器が備えている音楽的な表現力の強さを同時に印象付けた。

プログラム最後はR.S.デ・ラ・マーサの人気曲。「やはり僕はスペインの曲が大好きなので」と言ってこの曲をセレクトするところがいかにも林氏らしい。
作曲者はこれまた20世紀を代表する名手の一人であった人だが、ギター演奏の正統ということを考えるとき、この人の名前を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。
鳴りやまない拍手に応えてのアンコール、ネジメ氏のギターを使用しての「聖母の御子」そして尾野氏のギターを使用しての「アルハンブラ宮殿の思い出」。

イベントの前日もコンサートで実は風邪をひいていたという林氏だが、治りかけていたとはいえ、見事な指の冴えと音楽的な高い充実度で、今年も会場を沸かせてくれた。

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