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名工の系譜 ギター製作の伝統と現在 -スペインから日本へ-

ギター 木が奏でる調べ 

私たち日本人の、樹木を愛し敬う心は古来より変わらずいまも深い。木を理解し、加工し、利用する能力にも長け、他の国にはない独特の文化を形成するほどの熟練と洗練とを伝統として根付かせてきました。
そのため、木への愛着が深い日本人の手による他分野の工芸品の工法やデザインと、一見全く影響や関係が無さそうなギター製作の世界とが、時に似ている様に見えるのは不思議なことではありません。

例えば箱根細工はサウンドホール周りのロゼッタと呼ばれる象嵌に酷似していますし、また曲げわっぱのように熱や水を加えて木材を曲げる技術も、ギター胴板の曲げ加工とへと適用できます。そしてギター表面板に使用される松や杉などの加工についても、柱や床の間などをしつらえた日本の家屋を見ればわかるように、職人たちは鉋や鑿の切れ味、仕立てにより、塗装せずとも仕上げられるほどの技術を古来より培ってきました。

ギターくらいの木材加工ならば、その技術は世界随一と言っても過言ではないでしょう。

しかしながら、楽器は、とりわけギターは、その製作に多くのコツが必要とされます。工芸品としての美しさだけではなく、そこに響く要素を付与し、振動する共鳴箱として木材を加工していくその過程の中で、あるべき音を模索しつつ、ひとつの楽器として完成させていくことが求められるのです。

ギターにとってのあるべき音。これを何世紀もかけて模索、醸成しそして完成させた国こそが、クラシックギターのふるさと、スペインです。

では我々日本人はどのようにして、その異国の伝統を受容してきたのでしょうか。

スパニッシュギターの起源

クラシックギターという楽器における「伝統」とは何でしょうか。

撥弦楽器としてのその歴史は遠く古の世にまで遡らなくてはなりませんが、ことスパニッシュギターと巷で呼ばれる楽器は19 世紀初めスペインに生まれたアントニオ・デ・トーレスのギターに端を発しています。

彼によって、現在にまで至るクラシックギターの完璧な原型が初めて提示され、彼が亡くなった後も、製作史のみならずギター演奏の歴史さえも巻き込んで主要な潮流を形成して行くことになるのです。そうした意味で、我々はギター界におけるストラディヴァリウスと位置付けられるトーレスから始まるこの系譜を、クラシックギターの伝統と呼ぶことができると言えます。

 

スペイン伝統工法とは

トーレスのスパニッシュギタースタイルの特徴は、それまでのギターと比較して大きなボディシェイプ、650 mm を軸とした弦長、そして響きを良くするためにドーミングと呼ばれる表板の膨らみを、扇状に配置した5 ~ 7 本の力木で矯正し、緊張を与えたことなどとされています。

しかしながら扇状力木の採用とそれに伴うボディ容積の拡大は同国の18 世紀の製作家達がすでに試み、彼の直接の唯一の師とされるグラナダのギター職人ホセ・ペルナスの楽器にもその影響をみてとることができます。その視点から見るとむしろ既に存在していた様々な技法を取り入れ、応用し、極めて高度に完成させた事がトーレスの名工たる所以、真骨頂であると言えるのではないでしょうか。

その天才的な技法と絶妙なバランス感覚の下、ギターの響きは深みを増し、音色は繊細な表情の変化を生み出し、同時に豊かな音量を獲得したのです。

その製作はまず木目を読み、木の音を聞くことから始まります。接着には膠を使用。サウンドホールの周りのロゼッタに精緻な寄木細工を組み込んだ表板を、木型の上に乗せたネックに接着。横板を載せ、ぺオネスという木片を表板と横板のつなぎ目に敷き詰め、裏板を被せて太鼓とし、指板や駒等組み上げてゆきます。

塗装はタンポと呼ばれる金巾にセラックを染込ませ、螺旋を描くように塗り込んでゆきます。これらをはじめとする伝統工法の集大成として1 本のギターは完成されるのです。

ギターと名演奏家

レヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサとエルナンデス・イ・アグアド、ジュリアン・ブリームとホセ・ルイス・ロマニリョスなど名器には必ずと言ってよいほど名演奏家との関係が存在します。

楽器から最も美しい音色を引き出す奏者と、理想の響きを模索する製作家とはしばしば運命的ともいえる出会いをするのは、歴史が如実に語るところです。この事実は実に示唆に富んでいます。

というのもギターはそれ自体実に美しい工芸品でもありますが、本質として求められるものは音響、音色なのであり、製作家がその資質として備えているべきなのは木工の技術は当然のことながら、音色を聞き分ける高度に洗練された耳だと言えるからです。

トーレスにはフランシスコ・タレガというギタリストとの極めて重要な関連があります。

彼が生涯トーレスを愛奏したことから、彼の演奏(奏法)と音色は楽器と切り離せない関係となり、ここからプジョール、リョベートという彼の高弟たちを経て稀代のギタリスト、アンドレス・セゴビアへとつながる重要な系譜が形成されていくのです。

20 世紀メディアの発展と共に歩んだセゴビアは、マヌエル・ラミレス、サントス・エルナンデス、ヘルマン・ハウザーらのギター製作家と積極的に交流を重ね、数々の名器達を産み出すための助言と指導を行ってきました。彼の功績は演奏や、新しいレパートリーの開拓や素晴らしい後継者たちを育成したことに留まらず、こうした楽器そのものへの貢献もまた外すわけにはいきません。

20 世紀の主要なギター製作の系統を俯瞰すると、ほぼ全てが彼の関わってきた工房を中心に形成されているといっても過言ではないのです。

日本 ギター文化の夜明け

セゴビア1929 年の初来日公演は当時の日本人の度肝を抜き、その音楽性はもちろんのこと、俗にセゴビアトーンと呼ばれるギターの音色そのものに彼らは驚愕、心酔したに違いありません。

そして録音再生機が希少だったあの時代、演奏家もそして製作家もまた、曖昧な音の記憶だけを頼りに、その不思議な魅力を再現しようとする試みを始めたのです。当時ヴァイオリン製作をしていた中出阪蔵は、セゴビア使用のマヌエル・ラミレス(製作はサントス・エルナンデス)を実際に採寸し、そのコピーを製作することを許されました。

彼はこれをきっかけにその後もギター製作に専念し、ちょうどセゴビア2 度目の来日となる1959 年を中心に、1950 ~ 60 年代に巻き起こる未曽有のギターブームを支えることになります。

そうした機運のなか、ギター製作を学ぶために河野賢が渡航し、ヤマハはクラシックギターの専門スタッフをスペインに派遣する様になる等、海外との交流も徐々に盛んになってゆきます。

しかし同時に、発展を遂げてきたとは言え、それまでの見よう見真似での製作方法では、響きも品質も到底本場の作品には及ばないという認識が、日本の製作家たちに少しずつ自然に生まれていったのです。

「スペインの伝統工法とその音響哲学を真の意味で学び、自身の製作に十全に昇華し得るまでには、日本という製作環境の中では時代がまだ成熟してはいない。そのためスペインギターの最も本質的な部分での継承が、やはり不十分なまま残っている。」

そうした歯がゆい思いを抱き続けて来た邦人製作家たちの中の一人に禰寝孝次郎(アルベルト・ネジメ・オーノ)がいます。

そしてその思いを胸に秘め、彼はやがてスペインに旅立つことになります。伝統工法を本当に踏襲して日本に根付かせるため、基礎から学ぼうと、日本の道具とは扱い方が極端に違う鉋も鑿も外国の製品を揃え、グラナダの名工、アントニオ・マリンの工房の門を叩いたのです。そして家族の一員のようになって地元の人達とふれあい生活しながら、2年ほど心より慕う師と製作を共にし、本場の伝統工法をまさに骨の髄まで染込ませました。

その後、彼は師より受け継いだ伝統工法を駆使して、1988 年チェコスロヴァキアのギター製作コンクールで優勝。さらにスペイン式ギター製作講座を月刊誌に連載し、曖昧だったスペインの伝統工法による製作技術を可能な限り公開しました。

その講座は反響を呼び、書籍化され増刷に至っています。こうした地道な努力がきっかけとなり、ようやく日本におけるスパニッシュギターの本質的な受容が始まることになります。

伝統の改革とトーレスへの回帰

トーレスが創り出したものは、20 世紀以降もその基礎を維持しながら様々に変化、発展し、スペイン以外の国々でもしっかりと定着してゆきます。

そしてトーレスの登場から1 世紀を経た20 世紀半ば、第2 次大戦後の時期になると、ホセ・ラミレスⅢ世が、大胆な発想で作られたギターを、高品質を維持したまま大量に普及させ、ブランドを世界の定番にしてゆくという離れ業をやってのける様になります。

その結果ギター界は大いに発展することとなりますが、同時に一方では、変容してきた過程を検証して、今一度伝統と継承への回帰し、再確認をしたいと言う思いが、各国の製作家共通の認識として現れてきます。

大量消費の時代のなか改めて真のギターの音とは何かということに意識的に取り組む製作家がいたことは不思議ではありません。

例えばアントニオ・マリンは、1970 年代後半フランスの名工ロベール・ブーシェと出会い、もともとグラナダ地方特有の極めてオーソドックスなスタイルのギターを製作していた彼は、このフランスのエスプリに満ちた楽器から、大きな影響を受けることになります。

しかし実はブーシェの製作の根幹はトーレスであり、またホセ・ラミレス1 世の弟子フリアン・ゴメス・ラミレスから最初のアドバイスを受けています。つまりスペインの伝統がフランス的創造を通過して再びグラナダのマエストロにフィードバックしてきたとも言えます。

一方、マドリッドではアルカンヘル・フェルナンデスが師であるマルセロ・バルベロⅠ世を敬愛し、製作の目標としてきました。そしてサントス・エルナンデスから伝承された、トーレスを基本とするマヌエル・ラミレスの工法をマルセロ・バルベロ・イーホやマヌエル・カセレスへと伝えています。

更に古楽器の収集や修復で知られ、名工エルナンデス・イ・アグアドからもその技術と感性を評価されていたマルセリーノ・ロペスもまたトーレスとサントスとを生涯製作の基本としていました。

また、名手ジュリアン・ブリームによって才能を見いだされたホセ・ルイス・ロマニリョスもトーレス的美学を製作過程に浸透させることに心血を注ぎました。

そしてその成果をトーレスの研究書として著し、伝統工法の意味を世に改めて問うたことに、その一連のギターの本質を追及する製作家たちの姿勢が象徴的に表れていると言えるでしょう。

このように20 世紀後半の重要作家達が、もしその製作の過程で、改めてトーレスへとつながってゆく伝統を再認識する必要があるとの高い意識に支えられた仕事を残していなかったら、現代の我々はギターとは何かという問いを発した時に明確な答えを用意できないということも有り得たのです。

やがてそれは、彼らから直に学んだ邦人製作家達が踏襲し、更に日本に作り上げたその土壌の中より育ってきた新しい才能へと受け継がれていくことになります。

 

邦人製作家 工法の考証と受容

禰寝と同じくスペインの伝統工法に魅せられ、粘り強くその本質とは何かを追及していった製作家に尾野薫がいます。

彼は禰寝と知り合い師匠と仰ぎながらも、その博識と探求心とでスペインの伝統工法を、論理的に言葉で説明できるように紐解いていきました。

例えば「このギターは温かい音がする」と表現した時に、その音に対する温かさの認識・イメージも人それぞれ違うことから、その違いを説明出来るよう常に心掛け、どの倍音が多いのか?爪が弦を横切る音は?楽器の固有振動数はどの辺にあるか?を突き詰めていきました。

表板を拳でノックしてその硬度を見極め、その硬度に基づく音色が実音の中にどれだけ含まれているのかをより深く追求していく。

大学で木材工学を学び、木材はもとより日本の伝統木工具への造詣も深い彼ならではの、こうした地道な積み重ねが、技術継承による感覚的な理解から、共通に理解できる言語へと整理されていく契機となったのは疑いのないところでしょう。

尾野もまた禰寝同様にスペインに渡り、アントニオ・マリンの工房他で研鑽を積み、2001年にはホセ・ルイス・ロマニリョスが、自らその製作技法を惜しみなく伝授するしグエンサでのマスタークラスに参加。尾野は自身がそれまで取り組み研究してきたことへの更に強い確信を得ることになります。そして、同じ講習会には、田邊雅啓、佐久間悟、中野潤らの邦人製作家が共に名を連ねており、まさに彼らが日本における伝統需要の新しい世代として、その後の重要な系譜を受け継いでゆくことになります。

 

受け継がれるもの その深化と未来

そして今、禰寝と尾野の出会いに端を発する流れは、田邊雅啓、清水優一、栗山大輔、禰寝碧海らその志に共感する次に続く世代の製作家を巻き込み、互いの研究成果と技術を熱く語り会う環境が、この日本の東京の地に生まれ育ちつつあります。

黙々と営む作業の中で、時に孤立しがちな製作家たちが、専門家のみならず、愛好家も含む、ギターに関わる全ての人が直接交流を重ねることで、その優れた才能を開花させる。

そうしたコミュニティーが非常な強さと同時に外に向けての開放性を保ったまま発展しているのは、世界的に見ても極めて稀有な現象と言えるかもしれません。

それはかつてスペインのマドリッドの下町、ラバピエス地区に多くの有名ギタリストと製作家が集まり、ギター文化を熟成させていった古き良き時代を彷彿とさせる様である、と言っても過言ではありません。

そしてスペインのアンダルシア地方に端を発した19 世紀ギターからスパニッシュギターへの変遷はスペイン伝統工法として実を結び、世代を越え、国境を越えた一つの文化となって伝承され、今日本からも未来

へと続く新たな物語が始まろうとしています。

田邊雅啓はある日アルカンヘル・フェルナンデスより、「製作で大事なことは、とにかく心を込めることだ。それだけだ。誰もそれを信じないのだけれど。そしてもう一つあるとすれば、ゆっくり、丁寧に作ることだ。秘密なんかない。」とアドバイスを受けたといいます。

まさしく至言ですが、文字から受ける印象ほどに観念的なものではありません。

ギターという楽器のあるべき音、彼らが守り、継承してきた真の伝統だけが生み出すことのできる音、その明確なイメージを常に自分の中に持つということが前提としてであることは、次の田邊の言を待つまでもないでしょう。

「なぜ伝統的に伝えられてきた工法なのか?今だからわかる。ギターとして、良く振動する共鳴体の製作方法として、圧倒的に確実なのだ。スペイン人であろうと日本人であろうと関係ない。

もしコツというものがあるとすれば、一つ一つの工程の内容を吟味して、精査しながら心を込めてつくること。

良い音を求め良いギターをゆっくり大切に製作するつもりがあれば、間違いなくギターとして心地よい美しい響きが得られるのだ。

我々の力で愚直なまでにその伝統工法を守り、素晴らしいギターを生み出し、人々に感動を届け続けたいと思う。


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