フランス、パリのCamino Verde社から出版されているクラシックギター専門誌<Orfeo>
いま世界中のクラシックギターファンから注目されるこの美しい本が、次号にて日本の製作家を特集する事が決定!!
この本の編集長であり、カメラマンとインタヴュアーも務めるAlberto Martinez 氏の取材に同行し、その現場をレポートするエッセイ。第一弾となる今回は尾野薫工房 をご紹介。
Orfeo Magazine と取材に至る経緯については前回エッセイのこちらをご覧ください
<海外クラシックギター専門誌ORFEO 「日本の製作家」特集決定!!>
「Kaoru Ono とはどのような製作家なのだろう?」
Alberto 氏が宿泊する都内のホテルに迎えにゆき、車に機材を積むまでの間にロビーでこれから訪れる尾野氏のことについて会話が弾んだ、既にAlberto氏は真剣そのものの表情。
「ギターにとってのあるべき音響、音色について、とても明確な哲学をお持ちの方で、実際にその完成度は世界レベルの素晴らしいものだと思います。きっと面白い話が聞けますよ」
車で世田谷区にある尾野氏の工房に向かう、その車中も静かな期待が充満しているように感じられる。閑静な高級住宅街ですが、氏の工房は車一台やっと通れる道を入って行ったところにあります。建物の外観は作業場然としたところはなく瀟洒な雰囲気、しかし玄関を入り通された一階の工房にはさすがに繊細な空気感が漂っています。塵ひとつなくすべてが整理整頓された空間というわけではなく、work in progress の工房の生々しさがありつつも、無造作に置かれたかに見える工具や書物でさえもが製作家の意識の流れを感じさせる。広すぎず、また狭すぎずいい按配の空間の中に、製作に必要な工具や作業台や作りかけのギターたちがあるべき場所に収まって製作家の仕事を待っている様子は、名演奏家が長年愛用している楽器のような、独特の有機性が生まれていて何とも心地よい空間。
Alberto氏は鋭い眼で工房を眺め、まずは完成したギターを試奏。
「とても美しい音だね」
そしてインタヴュー。尾野氏が製作を始めたきっかけや影響を受けた製作家またはギター、自身の楽器がどのようなものか、音について、使用している工具について、モデルごとのレゾナンス設定について等々の質問と答え。隣で聞いていても本当に面白い。音については尾野氏が実際に和音と単音、分散和音、和音進行の中にメロディーがどのように表れどのようにそれぞれの音が響くべきかなどを演奏してデモンストレーション。
この後は写真撮影となり、Alberto 氏自らが撮影するのですが、あの美しい写真たちがどのように生まれてくるのか、興味津々だった筆者はここで見る本当のプロの仕事に心底感心してしまった。必要最小限の機材(ほとんどローファイとさえ言いたくなるような)だけを用い、被写体をどのように配置させるかをすばやく緻密に計算して、あとはシャッターを押すだけ。無駄がなく、被写体に配置には少々演出が加わるものの、自然なたたずまいを損なわず、むしろモノとしての別の表情を見せてくる。
Alberto氏が工房の中でとりわけ強い興味を示したのが工具です。
尾野氏が使用する工具は日本製のもので、それは外国製のものとは、例えば同じ鑿でも決定的に違うそうです。それ自体が工芸品とさえ言えるそれらの工具がその審美的な美しさでAlberto氏を惹きつけたのはもちろん、その「用の美」としての工具の特徴がどのように製作上のメリットがあるかについては、大きな示唆を受けたようです。氏は今回の来日で鍛冶屋のほか博物館などで工具のアーカイブを見る機会も準備しており、日本特集号では一つの独立したトピックとして取り上げる予定とのこと。
工房での取材を終えた後、尾野氏が懇意にしている土田刃物店に尾野氏も同行して向かうことになりました。三軒茶屋駅の目の前を通る世田谷通り沿いにあり、何時も非常な賑わいを見せる商店街の中にあるのですが、よく見ていないと通り過ぎてしまいそうなたたずまい。2人も入ると一杯になる店内は雑然としていてどこからが商品でどこから私物なのかが判らないほど。古本なども無造作に積み上げられていますが、これは売り物なのでしょうか?(ジョルジュ・バタイユの文庫本まである)。
すごいな、と思ってAlberto 氏をみると彼はいかにも深く感激していて、誠実にものを売っている店のあるべき姿だと言わんばかり。
「パリで卓球ラケットの専門店があるんだが(Alberto氏は卓球も結構な腕前のようです)、そこはこことよく似ている。狭い空間にあふれんばかりのラケットが無造作に積み上げらているが、扱っているのは厳しい店主の目にかなう一級品ばかりなんだ」。
店主の土田氏のご好意で、店内で工具を撮影、なんと自ら鋸を1丁購入。
手ごたえを感じた取材の後、三軒茶屋駅ビルの最上階の展望レストランで軽く休憩。ちょうど夕刻で眼下の建物には明りが灯り、東京の夜景を楽しむ。パノラマの全景が楽しめる趣向なので、スカイツリーと東京タワーから丹沢の山々までが一望に。その中で氏が「あれは何だい?」と指差した密集した高層ビル群、「あれは新宿副都心ですよ」と私が答えると、Alberto氏は何か異様なものでも見たような表情になり、「すごいな、あれは」と一言。
(実は後日、取材の合間に彼は新宿を訪れるのですが、信じられないほどの人出とこの街の異様なパワーにほとんど感動さえ覚えたようです。そしてこの新宿のイメージが、我々日本人を代表するものの一つとして、日本特集号で掲載されることになります。その日本的イメージとしての「新宿」とは…)
夜景を見た後、取材を終えて楽しげな氏はいかにもパリジャンらしく(勝手なイメージですが)カプチーノを注文。
氏は今回の滞在中、一服の際にはいつもカプチーノを注文していました。
「さあ、カプチーノタイムだ!」
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Orfeo Magazine No.15 特集「日本のギター」より尾野氏のページを抜粋でご紹介します。