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海外クラシックギター専門誌<ORFEO> 「日本の製作家」特集 取材レポート② 禰寝孝次郎 編

フランス、パリのCamino Verde社から出版されているクラシックギター専門誌<Orfeo>
いま世界中のクラシックギターファンから注目されるこの美しい本が、次号にて日本の製作家を特集する事が決定!!
この本の編集長であり、カメラマンとインタヴュアーも務めるAlberto Martinez 氏の取材に同行し、その現場をレポートするエッセイ。第2弾となる今回は禰寝孝次郎(アルベルト・ネジメ・オーノ)氏の工房 をご紹介。

Orfeo Magazine と取材に至る経緯と第一回尾野薫編についてはこちらのエッセイをご覧ください
<海外クラシックギター専門誌ORFEO 「日本の製作家」特集決定!!>
海外クラシックギター専門誌<ORFEO> 「日本の製作家」特集 取材レポート① 尾野薫 編

 

製作家 アルベルト・ネジメ・オーノ(本名 禰寝孝次郎) 氏は、日本が本格的なスペインギターの伝統を受容していく決定的な契機となった人である。そのことは昨年に弊社ギターショップアウラが発行したオリジナルカタログ ‘ LAS GUITARRAS ’のなかのエッセイ「ギター製作の伝統と現在  ~スペインから日本へ~」の中に詳しく述べられているのでご参照いただけたら幸いです。

今回Alberto Martinez 氏から取材オファーをアウラ宛てに頂いた際に、まず思いついたのが禰寝氏でした。現在は本数を抑えているものの、充実した仕事を続けており、そして後進の指導とその影響の大きさも計り知れないものがあります。そしてなによりも比肩するもののない美しさと威厳を持つ、艶を湛えた重厚な響きのギター。伝統的でなおかつ進取に気性さえ感じさせるそのギターこそ、日本のギター製作の現在における最高の成果として提案できるのではないか、という思いが我々には強くありました。

 

取材当日は朝から雨。前回同様に都心のAlberto氏のホテルにまで車で迎えに行き、近くの高速入口から高速道路で2時間ほど。Alberto 氏は窓の外を過ぎる雨の風景にも静かに感じ入ったご様子だったのを見て、私は前日に氏からプレゼントされた写真のことを思い出していました。それはどこかの国の、なだらかな傾斜に拡がる森が白くうっすらと霧に覆われている風景の写真で(というよりあまりに繊細な画像の肌理に絵画なのかと一瞬思い)、私はすぐに日本の水墨画のことを思い出しそのことを氏に伝えると、

「そうなんだ、私も水墨画のことは知っている。でもねこれは実はスペインの森の風景で、しかもれっきとした写真なんだよ」

高速道路の車の外に雨靄に白く煙る山々が現れ出すと、

「昨日君に渡した写真と同じだね!」

と後部座席からAlberto氏が嬉しそうに話してきます。まるで今日のことを予想していたようでした。

 

禰寝氏の工房はごく普通の閑静な住宅街にあり、住居兼工房となっています。その昭和なたたずまいに非常な魅力を感じながら、1階の一番奥の部屋へ。やわらかな灯りの下、部屋のほとんどを占める大きなダイニングテーブル、たくさんの書物が載せられたピアノ、壁にかけれたギター、写真。ポスターなど、濃密な空気が漂っていますが工房はそこから続く隣の部屋、生活空間のいちばん端っこに付け足されたとでもいった感じに設けられています。工房でなかったら自転車置き場か何かになっていたのではないかと思えるほどのスペースに、必要なもの全てが収められている、つまり当たり前ですが、やはりこの場所であの美しいギターが造られているのだ、と思うと何とも不思議な興奮が胸に沸き起こってきました。ご子息の禰寝碧海さんは今回の取材が決まった時から「うちは本当に見せるべきものなんてないと思うんですよ、狭いし、乱雑ですし。」とよく仰っていたのと、禰寝氏と以前ほんのちょっとだけ無頼派の作家たちについて話したことなどを思い出し、その仕事場の生々しさについて勝手に頭の中で両者をつなげていたら、

 

「Orfeo の取材でフランスの製作家の工房を訪れた時、工房があまりに綺麗なので、本当にここでギターを造っているのか?と聞いたものだよ。ネヒメ(Alberto氏はこう発音しました)のはまさにギター製作者の工房だ」

 

とAlberto氏が仰った。それは尾野薫氏の取材の後に訪れた土田刃物店で彼が漏らした感想と通底するものだと思います。鋭敏な眼の感性を備えたカメラマンは空間やそこにあるものの自然な息吹を愛するのでしょう。

 

インタヴューは禰寝氏とAlberto氏とが直接スペイン語で対話する形で行われました。ギターを始めるきっかけ、スペインでのアントニオ・マリンとの日々、サントス・エルナンデス、ブーシェ、そしてフレドリッシュについて、木材についてなど。簡単なインタヴューですが禰寝氏のことを知らない海外の読者への、導入としては十分な内容。特にサントスについての話は、ギターに興味がある人にとってはとても面白い内容ではないかと思います。

 

そして撮影。空間というものをどのように切り取り、そしてそこに人物を配置する時どのように空間的な動きを生ぜしめるかなど、Orfeo Magazine で取り上げられてきた数々の工房の写真を思い出しながら、Alberto 氏はどのように撮影するのだろうと興味深く眺めてしまいます。禰寝氏の工房は先に書いたように濃密な生活空間と製作スペースである工房とがお互いに自己生成しながらまったくの独自の自然さで繋がってしまったようなところがあるので、つまり製作工房っぽく見せるのがとてつもなく難しい空間なのだと言えます。しかしAlberto氏は無駄なくてきぱきと撮影を進めてゆく。さすが、もうイメージは出来上がっているのでしょう。

 

 

取材が終わり、工房を辞す時も雨は降り続いていましたが、生々しいドキュメントに立ち会ったという高揚した気持ちが続いていました。雨の中傘もささずに車が出発するのを見送って下さった禰寝氏とご子息の碧海さん。アーティスティックとさえ言いたくなるほどの強烈な個性と作家性を持ちながらも、いつも礼節を重んじるそのお人柄に心を打たれてきたのですが、今回の取材を終えて、自分が作るわけでもないのに、「いい記事にしなければ」という使命感のようなものが湧いてきてしまいました。

考えてみればOrfeo magazine のNo.8 ではグラナダの製作家を特集しており、当然のことながら、彼の師であるアントニオ・マリン・モンテロが大きく取り上げられている。雑誌というメディアの中で、師と弟子が同じ地平に立つわけだ。二人のマエストロを紹介する誌面として、現在これ以上のものはないだろう。

 

そしてこの日の午後はそのまま車で次の取材へ。田邊雅啓氏の工房へと向かう。

 

Orfeo Magazine No.15  特集「日本のギター」より禰寝氏のページを抜粋でご紹介します。

 

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Orfeo Magazine No.1~5 オルフェオ マガジン 合冊号No.1~5
Orfeo Magazine No.6~10 オルフェオマガジン 合冊号No.6~10

 

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