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海外クラシックギター専門誌<ORFEO> 「日本の製作家」特集 取材レポート④栗山大輔・清水優一・禰寝碧海 編

フランス、パリのCamino Verde社出版のクラシックギター専門誌<Orfeo>
いま世界中のクラシックギターファンから注目されるこの美しい本が、2020年最新号にて日本の製作家達を特集!!

この本の編集長であり、カメラマンとインタヴュアーも務めるAlberto Martinez 氏の取材に同行し、その現場をレポートするエッセイ。最終回となる第4弾は栗山大輔、清水優一、禰寝碧海の3人の工房 をご紹介。

Orfeo Magazine と取材に至る経緯と第一回尾野薫編、第二回禰寝孝次郎編、第三回田邊雅啓編についてはこちらのエッセイをご覧ください
<海外クラシックギター専門誌ORFEO 「日本の製作家」特集決定!!>
海外クラシックギター専門誌<ORFEO> 「日本の製作家」特集 取材レポート① 尾野薫 編
海外クラシックギター専門誌<ORFEO> 「日本の製作家」特集 取材レポート② 禰寝孝次郎  編
海外クラシックギター専門誌<ORFEO> 「日本の製作家」特集 取材レポート③ 田邊雅啓 編

 

実は今回の取材の正式なオファーがAlberto 氏とCamino Verde のスタッフからあった際、取り上げる予定だったのはアルベルト・ネジメ・オーノ(禰寝孝次郎)、尾野薫、田邊雅啓の3人だけでした。Alberto氏は当初、彼がこれまで<Orfeo>で取り上げてきた製作家達と同様に、ギターという楽器における同じdistribution systemのなかで彼ら3人が製作をしていると思っていたはずである。つまり生産者(製作家)から仲介者(店舗)、そして受け取る人(カスタマー)という到って普通の構造の中で、ひたすら生産に特化して従事する職人としての製作家を考えていたのだと思います。

しかしながら製作家達のその作業はしばしば孤高の様相を呈してしまいがちであるし、それゆえに個性的なものが生まれたりもするのですが、日本のような国で単発的な個性だけが花開いて消えてゆくのでは、文化として根付き、その後に続く大きな流れを形成するには至らないままになってしまうのではないだろうか。

私達Guitarshop AURA が、積極的にその役割を担おうとしてきたことの一つは、この日本に本物のギター製作文化を根付かせることであるとも言えます。そしてそこではそれぞれの作家的特質を維持しながらも、自然に建設的な議論が起こり、あるべき音とは何かという、至極まっとうな探求へと皆がつながってゆくこと。そしてこの議論を閉じたものにせず、カスタマーさえも巻き込んでいきながら、ささやかだけどもとても強い意志の場をあくまでショップとしての立場でAURAが提供していること。つまりあくまでそれは民主的であり、ショップとしてのカラーで統率するようなことだけは慎重に避けてきました。

Alberto 氏と取材に同行しながらギターについての様々の議論やお互いの情報交換を重ねてゆくうち、ショップという販売の場が単なる distribution system の一要素としてではなく、上記のように「作ること」、「議論すること」、「育てること」などを通してのコミュニティを形成するアクチュアルな現場として機能していることに、氏は非常に関心を持つようになりました。

前置きが長くなりましたが、今回ご紹介する栗山大輔、清水優一、禰寝碧海の3人の取材は来日滞在中に急遽決定しました。日本における本格的な伝統工法浸透の嚆矢となった禰寝孝次郎や尾野薫、この時点で彼らの取材を終えていたAlberto氏は、彼らを受け継ぐものたちとして、そして彼らの造る楽器の完成度の高さゆえに、自然に興味を抱くに到ったのです。

 

【栗山大輔工房】

 

フットワークが軽く、何事においても速く、好奇心旺盛で、それでいて決して過剰にならない栗山氏は、見ていていつも「充実」という言葉が浮かぶひとです。それは彼が製作したギターを見てももちろん感じることで、一切の妥協のない精緻な仕上がりながら、一気に無理なく完成したかのような、まるで最高の手練の画家によって短時間で仕上げられた油彩画を見るような感覚にさせられるのです。

東京郊外の栗山氏の工房は、瀟洒な一軒家の中の、1階の6畳ほどの一間を改造して使った空間。物が生まれる場所がしばしば持つむせかえるような生々しさよりも、作業現場らしいある程度自由な配置の中に心地よい統制があり、なんとも心地よい空間になっています。

Alberto氏は撮影をしながら質問を続けてゆく。栗山氏に自作のギターを抱えさせ、ポーズを取っているところを撮影するのだが、栗山氏が珍しく表情が硬い、なんとどうやら緊張しているらしいのだ。

 

 

「さあ、何か彼に話しかけてあげて(笑)」とAlberto 氏が私に言う。何しろメディアの最前線で仕事をしてきた超一流のカメラマンなのだから、表情が不自然になっていることなどファインダーを通した彼の眼はすぐに見抜いてしまう。私がまったく関係のない話題で単純に普段通りの会話を栗山氏としてみる、慣れてきたところで自然に出てきた笑顔が見事に捉えられ、今回の誌面に使われた。

この工房を訪れたとき、ちょうど進行していたひとつのプロジェクト「6人の製作家×KEBONY Guitar」のまさに本体が栗山氏の工房にあったのである。これは今回Orfeo Magazineで取り上げられた6人の製作家が、アルベルト・ネジメ氏の総合監修のもと工程を分担して1本のギターをつくり上げるという世界的にも前例の思いつかないプロジェクトであり。この時は栗山氏が工程を担当しているところだったのです。(※Kebonyという新開発の木材については別の記事で詳しく述べているのでそちらをご参照ください)

 

その話を聞きそしてその実物を見たAlberto 氏はやはり興味を惹かれたようで、製作途中のそのギターも撮影。木材そのものにももちろん注目していましたが、やはりその製作背景に強く関心を持っていました。この文章の冒頭でも述べましたが、単なる師匠と弟子というだけでなく、individual な個の有機的な集まりとしての彼らのあり方と、それが一つの楽器として結実することの稀有を、Alberto氏は認識しておられるようでした。

 

 

【清水優一工房】
栗山工房からそのまま清水優一工房へ向かう。
清水氏ほど実直に、自身が師と認めた人の製作哲学と技術を学び、それをできる限り理解しようと努力を惜しまず、どんなに時間をかけようとも実践し自らの感性の中に着地させてきた製作家というのも、なかなかいないのではないだろうか。もちろん他の製作家が不誠実であるとかいうことはなく、清水氏の場合はその集中の濃度が異様に濃いのである。そして生まれてきた楽器の言葉で説明しようのないある種の密度は、毎回異なる個性を放ちながら、着々と何かの核心に向かっていることを感じさせる、非常な魅力にあふれている。

人柄もまた真面目で、店頭でリペアを担当している時に彼に接したことのある人なら、その生真面目で温厚な話しぶりに深い印象を持つと思う。さらに重要なのは、そのような実直さと同時に、おそらく彼自身がまったく意図しないところで生まれる天性の自由さがあるということでしょう。この「自由さ」が今後彼の製作するモデルにどのように立ち現われてくるのかが楽しみでならない。

清水氏の工房は実家の離れの日本家屋を改造したもので十分な広さがあるが、ここまで訪れた工房がどれもそうであるように、無意味な余白がなく、製作家の意思が行き届いている感覚がある。

通訳を使わず、片言ではあるが自分自身で英語でAlberto 氏のインタビューに応えてゆく。河野ギター研究所で10年以上もの間従事したあと、尾野薫氏との出会いによって自身の方向性を確信するくだりは、簡単に語られてはいるが感慨深い。現在制作中のロマニリョスモデルとハウザーモデルの表面板の工作精度をじっくりと見つめ、撮影したあとにAlberto氏は彼に激励を送っていた。

 

そしてこんな会話も
「年間何本製作しているんだい?」とAlberto 氏。

「多くて5本くらいでしょうか」

「君は若くて、これからもっと学ぶことがあるし、君の楽器を求めている人もたくさんいるはずだ。(ダニエル・)フレドリッシュは駆け出しの頃、とにかく作りまくって年間何十本と仕上げていたそうだよ(笑)。君自身と君の楽器を求めている人のために、もっとたくさん作るべきだよ(笑)」

 

【禰寝碧海工房】
碧海氏は数年前まで父孝次郎氏の工房でともに製作をしていましたが、現在は都内に独立した工房を設立し、精力的に製作を行っています。

偉大なるマエストロ、グラナダの名工アントニオ・マリンの工房で直にスペインの伝統工法を学び、呼吸するようにそれを体得して帰国した彼の製作に対する姿勢は、彼にとってあるべき音に対する探求と実践とで一貫しています。伝統工法へのリスペクトは誰よりも深く、それゆえにこそ彼は彼の考える理想の音響に対して貪欲で、真剣に悩み、そして答えを出してきました。その一つ一つの異なる答えとしてのギターの、素晴らしい美しさに、彼の師匠でさえ感嘆するのです。それでも彼はすぐに次に出すべき答えを模索します。碧海氏には本当に申し訳ないが、作り手がその創造の過程において苦闘するのを見るのは、実は私のような受け手としては非常にわくわくさせられることでもある。次はどんなギターになるのだろう?

Alberto氏の今回の取材に同行して気付いたのは、とにかくAlberto氏の情報収集の正確さとその量で、その取材に対する誠実な姿勢に特に感銘を受けたのを筆者は記憶しています。碧海氏についてももちろん仔細にデータを収集していたのですが、Alberto氏は彼がダニエル・フレドリッシュモデルをラインナップしていること、そして写真で確認できる限りですが、その工作精度の高さに興味を持っていたらしいのです。

Orfeo magazine の過去の記事でも1号まるごとをフレドリッシュで特集してしまったこともあるし、なによりも個人的にも友人関係だというAlberto氏だけに、興味を持つのは当然だったのでしょう。アントニオ・マリンに薫陶を受けた碧海氏が、オリジナルモデルともうひとつメインにしているのがフレドリッシュモデル。そして詳しくはここでは述べませんが、フレドリッシュのコピーモデルを作るのは非常に難しく、そして製作家として大きな覚悟のいることなのです。もちろんそれは、Alberto 氏もよく分かっているのでしょう。

そんな彼にAlberto氏は工房にて驚くべきプレゼントをする。なんと今回の来日に際し、彼ははフレドリッシュ本人がストックしていた(もちろん自身のギター用として)、表面板用の杉材を碧海氏のために持参していたのだ。巨匠からの直の贈りものを、フレドリッシュモデルを製作する若き職人に手渡した時の感慨と意味の深さは、その場にいる誰もが感じたはずである。

この貴重な材を、碧海氏はいつ使うのだろうか。何とも楽しみな仕掛けを、Alberto氏は置いていってくれたものだ。

 

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オルフェオ マガジン合冊号(1-5)
オルフェオ マガジン合冊号(6-10)
オルフェオ マガジン合冊号(11-15)日本のギター製作家特集掲載


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