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第7章 製作技法

トーレスが最上のギターに用いた技法は、共鳴の基本原理と、それをギター製作に応用する方法に気づいていたことを示唆している。
軽い構造を備えることを重視したのは、振動の法則の直感的な理解を示している。
彼のギターは同時代のそれに比べて大きいが、これは重量の増加には結びついていない。彼が望むギターを製作するために、彼は重量を軽くし、理想的な弦の張力が得られる構造を見出そうとした。
そして、固有振動が最終的な響きと弦の応答に重要な役割を果たしていると感じていた。
初期の段階から見られる独自のドーム状成形は、同時代の他のギターには見られなかった新しい音響上あるいは構造上のアイデアを製作に生かそうとした明らかな証拠である。
弦の張りと構造との間の関係は、軽い構造を設計し始めたころには、彼の理論の中では表に出ない部分となっていたに違いない。
彼は、重い楽器よりも軽い楽器の方が振動させやすく、振動は響きを作り出すエネルギーであると理解していた。軽いギターの製作は、それ自体が終点なのではなく、彼が描いていた響きを得るための手段だったのである。

トーレスは、洞察力に優れた他の製作家と同様、ギターはひとつの振動現象であって、最もよく振動する究極の点が存在すると感じていた。
その点はギターの音域全体にわたってよく共鳴し、楽器全体の振動モードだけでなく、与えられた音程での指板上の弦の振動と、最終的には適切な張力を決定するのである。
彼は弦の張力の違いや、弾き易さ、全体のバランス、究極的にはギターの音質というものを理解するために、経験的なやり方で自分流の方法を応用音響学の分野へと押し進めていった。彼は、今日ではよく知られていることだが、ギターの音質はある特定の部分に依存するのではなく、関連するすべての要素の集積がなくてはならないということを知っていた。
つまり、ギターの大きさと形状、最も適切な音の織り合わせを見出だすための弦長とボディサイズの関係、厚みの分布と評価(とりわけ表面板の)、そして最終的にはそれらを統合するための組み立て技術である。彼は弦の張力から生ずる複雑な問題、「張り(feel)」の違い(ゆがんだ後の弦のもどりとして示されるような)に気づいていた。
タルレガは3本のトーレスを持っていたが、晩年は1864年製または1883年製よりも1888年製を好んでいた。それはタルレガの未亡人が1888年製の売却時に書き送った内容からすると「理想的な張りの強さ」だったからである。

トーレスは、経験をとおして、すぐれたギターは共振したりしなかったりする点をもっており、それが弦のわずかなたわみに敏感に応答し、理想的な柔軟性を備えた弦の張力を生み出すこと、そしてこれが実現されると弦の張力とギターの構造との間に極めて望ましい「一体化」(ユニゾン)が生ずることを知っていた。
サッコーニによる次の記述は妥当と言えるだろう。「これらの共鳴箱の最大の利点は、弦のたわみに対する応答の早さと、音が放出される速度から成っている。この応答の早さはまた、弓によって弦に強い圧力をかける必要を無くす。弓は音の純粋さを損ない、甲高く、濁った音を与える。」この共鳴点は、ヘルマン・ハウザーI世にとって核心となる要素であり、スペイン流の製作方法に基づく彼のギターに見ることができる。
弦の柔軟性は、関係するすべての要素の完全な連携の結果生まれる。それは膨らませた表面板の振動モードにより張力を和らげ、同様に、非常にわずかであっても、自動車のショックアブソーバのように弦の鋭い衝撃を緩和する。

経験則によれば、軽く作られたギターと弦の寿命との関係は、軽い方が重いギターより弦が長持ちする。このことは理解し難いことではない。
というのは、重い胴は軽い場合より強い力を与えないと振動しないからである。
これはまた、ギターそのものについても言える。正しいピッチを得るために課せられる歪みが大きいほど、緊張は構造全体へ広がる。
トーレスは、彼の理論を描くための科学的なデータを何も持っていなかったが、彼のギターを創り出すときには完全にこの現象に気づいていた。


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