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髙木真介の新スペイン便り
14.ラ・エラドゥーラ協奏曲世界初演と作曲家エドゥアルド・モラレス=カソ(2013.2.18)
皆様こんにちは。久しぶりのスペインだよりです。いかがお過ごしでしょうか?
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グラナダから南に向けて70Kmほど進んでいくと地中海に出ます。マラガを中心としたCosta del Sol(太陽海岸)よりも東寄りのグラナダ県内にあるこのあたりの海岸線は、Costa Tropical(トロピカル海岸)と呼ばれています。

この一帯も温暖な気候で、美しい海岸線が続いています。コスタ・トロピカルにも、スペイン内外から多くの人々が避暑や避寒に訪れますが、コスタ・デル・ソルのような華やかさは無く、もっと素朴で落ち着いたリゾート地と言えるでしょう。

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ギターの巨匠アンドレス・セゴビア(1883-1987)は、1962年(当時69歳)三度目の結婚を機にこのコスタ・トロピカルにあるAlmunecar(アルムニェーカル)市のLa Herradura(ラ・エラドゥーラ)に別荘ロス・オリーボスを所有し、毎年ここで夏を過ごしていました。
セゴビアは1982年にスペイン国王よりサロブレーニャ侯爵の位を贈られました。Salobreña(サロブレーニャ)はアルムニェーカル市の隣町で、小高い丘の頂上にある古いアラブのお城と、丘にへばりつくように立ち並んだ白い家並みの美しい町として有名です。なぜ別荘を持っていたアルムニェーカルでなく、サロブレーニャの名称がついた爵位を与えられたのかセゴビア本人も不思議がっていたようですが、このことは多くの人々にセゴビアはサロブレーニャに別荘を持っていたと勘違いさせる原因になっています。しかも、余談ですが、サロブレーニャの白い家並みの旧市街から丘の頂上にある城の門に通じる最後の坂道は、アンドレス・セゴビア通りと名付けられています。

 

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ラ・エラドゥーラは、以前はアルムニェーカル市に属していたと記憶していたのですが、近年独立し一つの町として成り立っているようです。
ここで1985年1月に第1回目のアンドレス・セゴビア国際ギター・コンクール(スペイン語の正式な名称はCERTAMEN INTERNACIONAL DE GUITARRA CLASICA “ANDRES SEGOVIA”)が行われました(1988年からは優れたギター作品啓蒙および発掘のための作曲部門コンクールも併設される)。
それ以降毎年開催されていて、2012年11月の第28回目ではフランス出身のガブリエル・ビアンコが優勝しました。

 

 

さて、前置きが少し長くなりましたが、今回のスペインだよりではこのコンクールの模様をお伝えするのではなく、コンクールの本選会が終わった翌日、2012年11月25日に行われた、エドゥアルド・モラレス=カソ作曲のギター協奏曲 “CONCIERTO DE LA HERRADURA para Guitarra y Orquesta”(ラ・エラドゥーラ協奏曲~ギターとオーケストラのための)の世界初演に関しての記事をお届けします。

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母方にスペイン人の血を引くキューバ出身の作曲家エドゥアルド・モラレス=カソは、1969年ハバナ生まれ、17年前からマドリードに在住する、現在スペインで最も活躍している作曲家のひとりです。ギターの良き理解者でもあり、この楽器のための作品も数多くあります。

私のお気に入りの作品「リンダラハの庭~ギターのためのファンタジー」は、2001年開催のアンドレス・セゴビア国際ギター・コンクール第114回作曲部門において、堂々第1位に入賞しました。この曲はあまり知られていませんが、神秘的かつ夢想的なセクションと、激しいラスゲアードや急速なパッセージを伴うセクションが交互に現れ、「静」と「動」の対比が非常に巧みに構成された美しい作品です。近い将来、ギターのための重要なレパートリーの仲間入りをすることと確信しています。

モラレス=カソは現在、アンドレス・セゴビア国際ギター・コンクールの常任審査員を務めています。ラ・エラドゥーラの行政そしてこのコンクールの主催者からギター・コンチェルトの作曲を依頼され、今回の世界初演に至りました。この初演記念コンサートはラ・エラドゥーラのシビック・センター内のホールで行われ、ガブリエル・デルガード指揮・グラナダ大学交響楽団をバックに、マリア・エステール・グスマンがギター・ソリストを務めました。

プログラムの第一部は弦楽のみで、ガーシュインとヴォーン・ウィリアムスの曲がしっとりと厳かに演奏されました。若手の指揮者デルガードはうまくまとめていました。大学生オーケストラですが、なかなかどうして立派な演奏です。

いよいよ第二部。ギター・コンチェルトの世界初演です。演奏に先立ち、このコンチェルトの誕生までの経緯やエピソードが、作曲者、コンクール主催者などの4名から語られました。ラ・エラドゥーラの名前を冠したギター・コンチェルトを持ちたいというのが町の長年の願望であり、10数年来レオ・ブローウエルにも依頼してあったが処々の事情で実現できないでいたそうです。

2011年に行われた前回のコンクールの折、主催者や審査員が集まって食事をしていた時にもこの話題に触れ、エドゥアルド・モラレス=カソが「もし誰もコンチェルトを書く人が見つからないなら、私が喜んで引き受ける」と提案。しかしながら財政が厳しく、ろくなお礼ができないということを主催者側が漏らしたところ、モラレス=カソは「謝礼なしでも構わない。以前このコンクールの作曲部門で光栄にも1位をいただいたし、今は審査員としても招待してもらっている。このコンクール、そしてラ・エラドゥーラのために私にできることならぜひ何でもしたい」と主張したそうです。

主催責任者は、その時食事中だったので書類を作っていることはできず、手元にあった紙ナプキンを差し出して「エドゥアルド、今言ったことをここに書いてサインしてくれ」と懇願したところ、モラレス=カソはその場で快くサインしたそうです。主催者は「これがそのときの紙ナプキンです。ここにサインがあります。去年の日付もここに・・・」と言って、丁寧にラップされた紙ナプキンを会場のお客さんに向けて高々と掲げました。ここで一同から大きな拍手が沸き起こりました。なんとも微笑ましい光景でした。

その出来事からちょうど一年、無事に完成されたギター・コンチェルトがここに世界初演されることになりました。

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(モラレス=カソのサインが入った紙ナプキン)

大きな期待に包まれて、緊張した面持ちでオーケストラの団員がステージに現れ、チューニング。そして指揮者が拍手に迎えられたあと、ソリストのマリア・エステールがにこやかに登場。一段と大きな拍手。1987年のこのコンクールの優勝者、そしていまや世界を駆け回る大演奏家になったマリア・エステールはものすごい人気です。指揮者と目で合図を交わして演奏が始まりました。

曲全体を通して調性ははっきりと定められていませんが、第1楽章ではところどころフリジアン・モードが使われていて、フラメンコっぽい響きがするスペイン色の濃いリズミックな楽章です。マリア・エステールは、冒頭から難しそうな速いパッセージを、見事なテクニックで正確にかつ爽快に弾き進めていきます。オーケストラとのアンサンブルも素晴らしかった。色彩感あふれたラ・エラドゥーラのキラキラ輝く美しい海を彷彿させてくれます。聞いていてウキウキしてきます。

一変して第2楽章は、月明かりに照らされるゆったりと静かな海を思い起こさせます。弦楽と朗々と歌われるギターの旋律がきれいに絡み合い、抒情的で美しい楽章です。

そして、圧巻の第3楽章。ギターとオーケストラの掛け合いがうまく使われていました。ギター・パートは非常に高度な名人芸を要求されます。ここでもマリア・エステールは、何の苦も無く洗練されたテクニックでこの難しい楽章を弾き切りました。それにしても、マリア・エステールはこの初演のために、相当入念な準備をしてきたのだなと心から感心しました(しかも曲が完成してからわずか数か月で・・・脱帽!)。

オーケストラもソリストの信じられないような凄い演奏に触発され、火花でも散りそうなエキサイティングな演奏を展開しました。曲が終わると同時にものすごい拍手の嵐。ブラボーの掛け声とともに、全ての聴衆が椅子から立ち上がり、スタンディング・オベーション。ステージに挨拶に出てきた作曲者のモラレス=カソもすっかりご満悦の様子でした。彼がステージに現れると、聴衆からは拍手が一層強まりました。素晴らしい作品を創り出した作曲家に、難解な曲の初演の大役を見事に果たした指揮者と若いオーケストラに、そしてものすごい演奏を聞かせてくれたソリストに、いつまでも熱い拍手が鳴りやみませんでした。

こうして新しいギター協奏曲が、大成功とともにこの世に産声を上げました。ソリストのギターにも、オーケストラにも大変高度な演奏テクニックが要求される曲ですが、決して曲芸のようなものではありません。洗練された作曲技法と類まれなオーケストレーションにあふれたこのギター・コンチェルトは、真の芸術作品としてこれからきっと高い評価を与えられる曲になると確信します。

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ラ・エラドゥーラの町も念願のギター協奏曲をやっと手に入れることができ、とっても嬉しい思いをしていることでしょう。しかも、初演において聴衆から絶賛された素晴らしい曲です。私はその聴衆のうちの一人として、友人であるモラレス=カソの美しい作品を名手マリア・エステールの素晴らしい演奏で聴くことができただけでもすごく嬉しかったのですが、この歴史的瞬間ともいえるこの場に居合わすことができて本当に幸せに思います。それと同時に、この海辺の美しい小さな町が、巨匠アンドレス・セゴビアの功績を称え、ギター音楽の普及に大きな貢献をしていることを、うらやましいくらい素敵なことだなと実感しました。

この協奏曲は、2014年にラ・エラドゥーラで行われる、第30回アンドレス・セゴビア国際ギター・コンクールの本選課題曲(オーケストラと共演)に決定されています。どなたか挑戦されてみたらいかがですか?楽譜は、以下のサイトで購入することができます。印刷されたものか、ダウンロード購入の選択ができるようになっています。また、初演当日の演奏は録音されていたそうで、近々CDになって発売される予定だということです。

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精力的に作曲活動を展開するエドゥアルド・モラレス=カソ。ギターのための作品も多くあります。
彼のホームページをのぞいてみてください。

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>>http://www.eduardomoralescaso.com/index.html
>>http://www.eduardomoralescaso.com/morales-caso-editions-buy-scores–comprar-partituras.html


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2012年夏にスペインのVERSOレーベルから発売された私の新CD”SERENATA ESPAÑOLA” masayuki takagi spanish guitar recital ( http://www.verso.es/detallesdisco.php?ref=VRS%202124&lang=es )に、今回ご紹介したエドゥアルド・モラレス=カソの”El Jardin de Lindaraja”(リンダラハの庭)が収録されています。この曲は私のお気に入りで、ギターのための重要なレパートリーになりうる名曲だと思います。ぜひ聞いてみてください。このCDはアウラでも取り扱われています(宣伝です!)。よろしくお願いします!

http://www.guitarshop.jp/01search02.php?class=audiovideo&picture=009_001_001_5&data_now=1&data_end=5&page_now=1&getflg=1&txtarea=%E9%AB%98%E6%9C%A8&cateno=6&filename=009_001_001_5&keyword=%E9%AB%98%E6%9C%A8

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以上、今回のスペイン便りを最後までお読みくださり、ありがとうございます。

またお目にかかりましょう。ごきげんよう。

 

 マドリード、2013年2月15日 高木真介

Masayuki Takagi


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