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髙木真介の新スペイン便り
9. シグエンサ・ロマニリョス・ギター博物館と巨匠ロマニリョス(2010.6.12)

 6月に入りマドリードは急激に暑くなってきました。皆様いかがお過ごしですか? さて、1年ぶりのスペイン便りですが、今回は名工ロマニリョスが立ち上げたシグエンサのギター博物館に関してお届けします。ロマニリョス氏から聞いた貴重なお話もいくつかご紹介いたします。写真もたっぷり入れてみました。

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シグエンサ・ロマニリョス・ギター博物館

 つい最近アウラ社長本山氏がスペイン出張に来られた際、「ロマニリョスがシグエンサに作ったギター博物館を見に行きたい」というお話を伺い、私にも大変興味深いのでお供することになりました。シグエンサは、マドリードの北東約130Km,グアダラハラ県にある中世の面影を残す美しい街です。小高い丘の上にパラドール(国営ホテルチェーン)の立派な建物がそびえ立っています。このパラドールは12世紀のお城を改修したもので、とても人気があります。街全体がモニュメントのようで、石畳の坂を登りきったところにある城壁の跳ね橋を渡りパラドールの中に入ると、自分が昔の王侯貴族になったような気分になります。そんなシグエンサの街の一角に、Casa del Doncel、13世紀ごろに建て始められた痕跡があるという古い建物があります。現在は歴史博物館として使われています。その博物館の中に「ギター博物館」のスペースが設けられています。このスペースには、歴史的なギターやビウエラの数々や、ギターに関する文献や写真、忠実に再現されたサントス・エルナンデスの工房などが展示されています。また、ギターの歴史や、製作に関する資料などがコンピュータのモニターやパネルで説明されています。

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 さて、このギター博物館の正式な名称はスペイン語で、CENTRO DE LA VIHUELA DE MANO Y LA GUITARRA ESPANOLA “JOSE LUIS ROMANILLOS”とちょっと長くなっています。「ホセ・ルイス・ロマニリョス・ビウエラおよびスペイン・ギター会館」日本語に訳すとこんな感じでしょうか? 著名なギター製作家ロマニリョスの名前が掲げられているのは、ロマニリョス自身がこの博物館を立ち上げることをシグエンサ市に提案して、2009年10月に開館することになったからです。 博物館開館式の様子をYOUTUBEで見ることができます。

>> http://www.youtube.com/watch?v=DWpkmGPglUY&feature=related

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 この博物館の見学にあたり、ロマニリョス夫妻が快く案内係をして下さり、いろいろなお話も聞くことができました。なお、通常写真撮影は禁止されていますが、このレポートに掲載してある画像は、ロマニリョス氏から特別に撮影許可をいただいたものです。展示されている楽器の数は合計23台、すべてロマニリョス氏のプライベート・コレクションから出展されています。また、サントス・エルナンデスの工房は、実際サントスが使っていた作業台や工具、工房の壁にかかっていた数多くの写真のパネルなどがそっくり持ち込まれていて、とても忠実に再現されています。奥に見える緑色のドアーも本物そっくりです! 床には木のくずまで落ちていましたが、これはロマニリョス氏の奥さんが洒落でこっそり旦那さんの工房から拾ってきたものを散らしたそうです。

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(サントス・エルナンデスの工房を忠実に再現、床には木のくずまである!)

 博物館の見学後、パラドールで一緒に食事をし、その後はご自宅に招かれ、おいしいハーブ・ティーをごちそうになりました。その間様々なお話を聞くことができ大変貴重な時間を過ごすことができましたが、そのうちのいくつかを紹介したいと思います。

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(石畳の坂道を歩くロマニリョス氏に、「マエストロ、足元に気をつけてください」と肩を貸しつつ何やら密談の様子の本山氏)

 実は、博物館として単に楽器や資料を展示することだけが目的ではなく、スペインの伝統的な工芸であるビウエラやギター(スペイン式ギター)の楽器そのものや、その製作に関する歴史を研究し、その素晴らしさを広く伝え、伝統を守ることに貢献したいというロマニリョス氏の強い願望があります。氏はギター製作の大家ですが、同時にスペイン式ギターの歴史研究家であり、特にトーレスの研究に関しては、本を出版しているほど造詣が深いです。(ホセ・ルイス・ロマニリョス著「アントニオ・デ・トーレス/ギター製作家-その生涯と作品」- http://www.guitarra.jp/torres.htm)また、ギター製作において自分で長年かけて得た知識や技術を惜しみなく次の世代に教えています。ビウエラやスペイン式ギターの製作や歴史に関する講習会や講演会を長年積極的に行っています。これらの活動の非常に重要な部分を占めるのがこの博物館にあるといえるでしょう。ここを拠点にギター協会も設立し、ますます活動を広げていきたいと熱く語ってくれました。

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(ロマニリョス夫妻と一緒に) (Casa del Doncelの外観)

 ロマニリョス氏にとって、”GUITARRA ESPANOLA” という言葉には大変こだわりがあります。これは一般的に使われている単純な意味でのスパニッシュ・ギター ~「スペインのギター」というのではなく、スペインで生まれた伝統的な方法で作られた「スペイン式ギター」というニュアンスが強いようです。

「ビウエラ」に関しても面白いお話があります。見学中「17世紀のビウエラ」などを見かけ、非常に不思議に思い、このことを氏に質問しました。一般的には、ビウエラというとミランやムダーラなどの楽曲で知られるあの16世紀のビウエラ(60年ほどで消え去り、現存しているものは世界で2本だけと言われる)だけを思い浮かべますが、ロマニリョス氏の考えでは、16世紀のビウエラが少しずつ発展していった復弦を持つ撥弦楽器類も総括して「ビウエラ」だということです。例えばバロック・ギターなどもそれらに含まれることになるのでしょう。この辺の楽器の名称に関する定義は、歴史研究家にとっては物議を醸し出すものがあるでしょう。実際どこかの講習会でロマニリョス氏の考えを批判する人まで出たそうです。この博物館では、ロマニリョス氏の検証に基づく、世にはあまり知られていない17世紀や18世紀の「ビウエラ」を見ることができます。

もう一つ「ビウエラ」に関するお話ですが、ロマニリョス監修の下、この夏8月17日から29日にかけて「1700年ごろの6復弦のビウエラ製作の講習会」がシグエンサで開かれます。これは非常に面白い試みだと思います。なぜなら、専門家だけに限らず、材料はすべて用意してくれて、楽器製作の経験のない人でも参加できるようにしてあるからです。決して学術的な面だけの講習会ではなく、「2週間足らずであなたもビウエラを作ってみよう。」という感じですね。そして、「ニスで塗装の仕上げもして、できた楽器はもちろんあなたがあなたのものとしてお持ち帰りできますよ。」ということになっています。普段の夏休みとは違った経験をしてみたい人は、ぜひ参加されるとよいと思います。ロマニリョスという巨匠の下、シグエンサという美しい古い街で、ビウエラという歴史的な楽器を自分の手で作ってみるのは、きっと忘れられない経験になるでしょう。詳しいことはアウラに問い合わせてみてください。

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(シグエンサのパラドールと古い街並み)

 ロマニリョス夫妻はシグエンサの街から10Kmほど離れたギホーサという人口30人にも満たない小さな村に住んでいます。本当に静かなところです。ここに工房もあります。マドリード下町生まれのロマニリョス氏は、若くしてイギリスに渡り、ギター製作は彼の地で始めたという変わった経歴の持ち主です。大ギターリスト、ジュリアン・ブリームとの交友から、数々の名器が生まれたのは周知のとおりです。奥様のマリアンさんはイギリス人、とても気さくで利発的な方です。普段のお二人の会話は英語で交わされているようです。大変仲が良く、博物館設立の陰にも奥様の多大な協力があったことが窺えます。長年生活したイギリスを引き払い、この村に定住するようになったのが今から15年ほど前だそうです。イギリスでも、この村に似た大変牧歌的なところで生活していたそうです。工房では、現在製作中のギターの表面板や、最近コレクションに追加した古いギターなどを見せてくれました。また、講習会で使うためにすべて自作した教材なども、所狭し置いてあります。あるお弟子さんに自家製のカンナをプレゼントする約束をしたとかで、早く仕上げなくては、と笑っていました。

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(工房にて)


そんなわけで、今回のスペイン便りは、ロマニリョス特集のようになってしまいましたね。シグエンサはマドリードから車で1時間半ほど。週末をのんびり過ごそう、なんていうのにはとても適したところです。もしスペインに来られることがあれば、ぜひシグエンサのパラドールで一泊されることをお勧めします。もちろん、ロマニリョスの「ギター博物館」見学もお忘れなく!

お知らせ

  ソプラノ&ギター・リサイタル

 「スペインのうた、世界のうた」

~ソプラノ イサベル・カントス   ギター 高木真介~

 スペインのソプラノ歌手イサベル・カントスと私のギターのデュオで、9月7日(火)東京・ティアラこうとう小ホール(開演午後7時)にて公演を致します。ソプラノのイサベル・カントスとは、ここ数年マドリードを中心にスペイン内外で活発に共演を重ねております。今年3月には米国シカゴで演奏をし、幸い高い評価をいただきました。イサベル・カントスは繊細で大変美しい声の持ち主で、非常に幅広いレパートリーを持っています。ギターのよき理解者であり、その歌声はギターの音色にとてもよく合います。今回は、「スペインのうた、世界のうた」という内容で、日本の皆様に我々の演奏を楽しんでいただけたらと思います。ぜひ、お誘い合わせのうえご来場ください。 このコンサートはアウラ主催です。以下のアウラのサイトに詳しい情報が載っていますので、ご覧ください。

http://www.auranet.jp/guitaristclub/

以上で今回のスペイン便りは終わりです。また近い機会にお目にかかりましょう。ごきげんよう。


2010年6月8日、マドリード、髙木真介
Masayuki Takagi


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