音色

昔ある人に「ギター作りは耳作り」と言われたことがあります。
自分のギターがどういう音を出しているのか、どういう音が良い音なのか気になるところです。
耳作りの為には良いギターの音をたくさん聞いたり、弾いたりするしか方法はなく、それぞれのギターの音の違いを聞き分けることから始まります。音の世界は複雑で奥が深く、わかったようでわからないというのが本当のところのような気がします。その複雑さの原因を考えてみたいと思います。

音を表現する言葉は数が多く曖昧で、しかも人それぞれで少しずつ違い、同じギターに対し、人によって「明るくて、芯がある」とか「甘くて、やわらかい」とか表現が異なることがあります。
それは言語感覚の相違や、音質に関する形容詞の多様性に原因があるのですが、もともと目に見えない音について、言葉でイメージを伝えること自体が大変難しいことかもしれません。

音に関するもうひとつの問題点は、比較の基準が普段使用しているギターとなりがちであるということです。
各自の基準が異なれば評価に差が現れますし、もし銘器を基準とすれば、評価に否定的な表現が多くなるのもしかたありません。
実際、使用しているギターの音質をなるべく客観的に知るには、聞き比べをするのが一番確実で分かりやすい方法といえるでしょう。そして出来れば同じ場所で、同じ条件で行われるのが理想的です。

次に音を聞き分けたり、聞き比べをしたりするとき注意しなければならないのは爪とタッチの問題です。
これは音の立ち上がりに深く関わっており、かなり個人差が伴う問題です。ためしに簡単なスケールを同じギターで数人の人に弾いてもらうとその差ははっきり判ります。
自分にとっていい音を出すギターは、自分の爪とタッチにとっていいギターとも言えます。また、抱えた状態と離れた場所では聞こえに差があり、自分で出す音を離れた場所で聞くことが出来ないというジレンマがあります。

音には大きさ、高さ、音色の三つの要素があります。音波の振幅が大きさ、振動数が高さ、音色は音波の波形で決まります。
また音色は、音の立ち上がり、一定の音量が持続する定常状態、余韻の3段階に分けることができます。しかし、ギターの場合は定常状態と余韻のはっきりした区別はつけられません。

定常状態(定常波)の音色は単純な波形の正弦波を加え合わせて合成することができます。
ただし、正弦波の振動数は互いに整数比になっている必要があります。
たとえば100ヘルツのギターの音があるとすると、その成分は100ヘルツの正弦波の音(基音)と、200ヘルツ(2倍音)、300ヘルツ(3倍音)・・・・、以下整数倍の正弦波に分解出来ます。
音を合成するということは、各正弦波の音量と何倍音まで含ませるかの違いによって音色を作り出すということです。

正弦波そのものの音は音叉のような澄んだ単調な音ですが、倍音を加えることにより豊かな音色へと変化していきます。
この倍音構造は楽器によって色々な特徴があります。
たとえばクラリネットは2、4、6等の偶数倍音が奇数倍音に比べて非常に弱いというはっきりした特徴があります。
一般的には、倍音が多いと鋭い、細い、明るい、のびると言われ、倍音が少ないと鈍い、太い、甘い、芯があるなどと言われる傾向があります。

倍音構造の差によって音色の違いがわかるなら、ギターにおいても良いギターと悪いギターを、倍音の差によって判断できるように思われますが、今のところそこまでの解析は出来ていないようです。
なぜなら、仮に大多数の人が満足する良いギターがあって、その楽器における定常波の倍音構造を分析できたとしても、それは音色を決定づける要素のひとつがわかったに過ぎないからです。
ギターの音色がギター的であるためには、定常波だけでなく、立ち上がりの音色が重要です。立ち上がりの波形には雑音の成分も多く含まれていますので、倍音構造の特徴を見つけるのはとても難しいのです。


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