テンション

同じ質の弦で、同じ弦長で、同じ音程に合わせたら、弦の張力は同じになりますが、ギターには張りが強く感じるのと、そうでないのがあります。
左手が感じる張りは、弦高やフレットの高さを変えると変化します。
右手は弾弦位置を駒よりにすると張りが強く感じるように、ギターのボディーサイズの違いによって、普通にかまえた時の弾弦位置が変わって来る事によります。
しかしそれだけでは説明出来ない差があります。
例えば、作って間もなかったり、長い間使わなかったギターを、しばらく弾いていると張りが強くなる事もあります。
同じギターでも変化していくテンションの問題は難しく、今回も個人的なイメージのはなしです。

 ここに10㎏のおもりがあるとします。それを釣り棹で釣り上げた時と、硬い棒で釣り上げた時を想像してください。
それぞれの糸を弾けば、硬い棒の方が張りが強く感じるはずです。また調子の柔らかい棹で、初めの1㎏で大きく曲がり、残りの9㎏であまり曲がらない棹で釣り上げたとしたら、やはり張りが強く感じるはずです。
同じような事がギターでも考えられますが、これをイメージするにはサドルの動きが重要になってきます。

 複雑な弦の運動はサドル、駒、表板、胴へと伝わり音となって聞こえてきます。
また音になった直後にはギターの振動が逆の順番で弦に影響をあたえます。
音の入り口であるサドルの動きも複雑ではっきりした事は判りませんが、弦の運動を便宜上、縦と横に分けて考えてみます。
表板と平行の振動を横振動、垂直方向の振動を縦振動とします。
弦の運動から横振動だけ取り出したとして、弦とサドルの接点の動きを想像してみて下さい。
角度が振動の交互で少し変わりますがナット方向に引っ張られたり、緩められたりを繰り返しています。
この接点の動きは駒を回転させる方向に働き、それが表板の上下運動になります。
縦振動も同じですが、振動の方向が表板の上下運動の方向と同じ為、横振動よりも強く表板を動かし、また表板の動きの影響も強く受けます。 

 サドルの縦振動と横振動の違いが、アルアイレとアポヤンドの音色の差を生み出す原因のひとつです。
アポヤンドの方が縦振動をより多く含んでいますが、縦振動の方が早く表板に吸収され、多分進行波もどきが消えるあたりで横振動の成分の方が多くなります。これも目で確認できますから、6弦を横から見て下さい。  
 弦の張力は合計で4~50kgもあり、駒は弦を張っただけでかなりの力でナット方向引っ張られ、その力の多くは駒を回転させる方向に働きます。
弦の張力はギター全体で支えていますが、ここでは表板の駒からサウンドホールの間だけを考えます。
この部分は駒が回転しようとする力を、板がしなうようにして支えます。それは先ほどの棹のイメージと重なり、弦の張力による表板の緊張の差が、張りの強さの差となると思います。
両端を支えた棒の中央に重しを乗せると、その部分は沈みます。重しを外すとまた元に戻りますが、乗せたままにしておくと曲がりの癖がついてしまいます。その時点が緊張のおさまり所のような気がします。

 また曲がり癖が付いた状態で重しを押したときの揺れは、癖が付く前の揺れより少なくなりますが、これは表板の緊張の変化をイメージさせます。
この緊張はギター全体でおきていて、ある部分はゆとりをもって緊張し、ある部分はめいっぱい緊張しています。これらの部分が重なり合って弦の張りに関わってきます。
 サドルを低くすると音色はやわらかくなり、張りは弱くなりますが、それはサドルによって弦がへの字に曲げられている角度が変化するためです。
角度がゆるくなると、進行波もどきの反射は弱くなり、駒を回転させる力も弱くなるのが原因だと思われます。
またスーパーチップやダブルホールなどで音色が変わるのも、弦を巻き上げない止め方によりへの字の角度が変わる事が関係していると思います。


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